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艶のある金髪を振り乱して暴れるジェイドからは品性の欠片も感じなかった。暗闇で遭遇すれば、魔物と勘違いしてしまいそうだ。吊り上がった切れ長の目に、強く嚙み締めた奥歯。大人しくしていれば美人なのだろうが、素材の良さを台無しにしてしまっている。
「あれが君の婚約者か。まあなんというか、予想通り、いや予想以上に強烈だな」
「あそこまで荒れているジェイドは僕も初めて見ました。こ、怖い…」
ダミアンはフードを目深に被り、顔を隠そうと必死だ。
「行けよリュカ。口説いてこい」
「本気ですかステラ様!?」
「巨大な魔物相手に臆さず戦った君が、なにを今更恐れることがある」
「あれなら魔物のほうがマシですよ!」
リュカの背中を押してもびくともしない。よほどジェイドに接近するのが嫌なのか、全力で踏ん張って抵抗してくる。
「なんだよ情けないな。今のリュカは王子なんだぞ。しかもジェイドを口説きに異国からやってきたんだろ。ちゃんとミアがでっち上げた設定どおりにやれよ」
「代わってくださいステラ様。衣装をお貸しますから!」
「ええい、ここまで来てビビるな!ダミアンの顔が好きなら、ジェイドはリュカの顔も好みのはずだ。君たち似てるんだから」
「そうですよリュカ様。いえ、リュカ王子。私が仕込んだ通りに演じればジェイドさんはころっと陥落しますって。あっ、でも本気になったらダメですからね。あくまで演技ですよ、演技」
ステラとミアに2人がかりで押され、リュカは前のめりに倒れこんだ。
「いたた…」
リュカが顔を上げると同時に、騒いでいたジェイドの声がぴたりと止んだ。
「誰なの⁉不法侵入ですわ、不法侵入!役立たずの守衛はなにをやってるのよ。早くこいつを摘まみだし…」
リュカと目があったジェイドが絶句した。
「だ、ダミアン…?戻ってきてくれたの?」
立ち上がりかけたリュカの顔を両手で包み、存在を確かめるように揉みしだく。そしてそれが婚約者でないことに気づくと、さっと手を引っ込めた。
「似てるけどダミアンじゃない。あなた一体何者?」
リュカが咳払いをしながら立ち上がった。出せる限りの低い声を出そうと努力しているのが伝わってくる。
「わた…俺はシルヴァン王国のリュカ王子。ジェイド様、あなたの噂はかねがね聞いていましたよ。噂通り、いや噂以上にお美しい!ああ、あなたこそ俺の運命の人!」
ミアが頭を抱えた。どうやら教えた通りの動きとは別のことを、リュカがしているらしい。
「あれじゃ演劇じゃないですか。不自然すぎますって」
「ミアが仕込んだんじゃないのか」
「私はもっと自然に振舞うように言ったはずなんですけど。きっとジェイドさんの迫力を目の前にして、頭に入れた台本が全部吹き飛んじゃったんでしょうね。きっとリュカ様の中では今、いつか見たおとぎ話の王子様か何かが憑依してるんだと思います」
ミアが一拍置いて、ふっと笑った。
「まあ、あれはあれで…良きものです」
結局リュカの行動をすべて肯定してしまうのがミアの悪いところだ。
「でもあんなの僕と違いすぎますよ。ジェイドがどう思うか…」
「ダミアン。君の心配はもっともだ。だがあれを見てみろ。案外うまくいきそうだぞ」
ミアの教えを綺麗さっぱり忘れ、独自の王子様像に基づいた演技を始めたリュカ。はたから見ればあまりにわざとらしいそれは、外の世界を知らない鳥かごのお嬢様の目に、どう映ったのだろう。
「か、かっこいい…」
怒りに吊りあがっていた目が、どんどん垂れ下がっていく。人をとろけさせるようなリュカの笑みが炸裂すると、ジェイドは絶叫した。
「私を運命の人、そう言ってくれましたわね⁉私も同じ気持ちですわ!」
リュカの手を握りしめ、腕と体が分離しそうな勢いでぶんぶんと振るジェイド。感情の起伏が激しいとは聞いていたが、ここまでとは。
「作戦は成功ってことでいいのか?なんかずいぶんあっさりだったな。まあ、これでジェイドはダミアンの事は忘れたわけだし、あとは適当なタイミングで撤収するか」
ミアからの返事がない。
「なんだよミア。これで怒るのは流石に理不尽だぞ。君が仕向けたんだから」
「いえ、そうではなく…。ジェイドさんから嫌な魔力を感じるんです」




