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文字通りミアが水を差した試合は、正気を取り戻したリュカが圧倒して終わった。サキュバスに反撃の暇を与えず、露出の多い肌を切り刻む。これまで吸ってきた人間の精気が放出され、地下闘技場の天井へと昇っていった。
「多少イレギュラーがあったような気もしますが、場外からのサポートを禁止するルールはありませんので…よしとしましょう!お見事です、リュカ王子。さすがは武闘派の王国からやってきた麗しの青年騎士!皆様、大きな拍手を!」
会場の盛り上がりは最高潮に達した。リュカに向かって熱烈なラブコールを送っている女性客もいる。リュカの戦いぶりを讃えて、花束や宝飾品が闘技場に投げ込まれた。試合前に金をかけていた男たちは、多くがリュカの敗退を予想していたらしい。番狂わせの展開に頭を抱えている。
「流石だよリュカ。惚れ惚れするような戦いだった。一角獣もドラゴンも瞬殺とはね」
客席に戻ってきたリュカの肩を叩くと、曖昧な笑顔が返ってきた。
「ミア様の視線が…目が笑ってないんですよ」
「サキュバスに耳を甘噛みされて悶えてたからな」
「ち、違います、あれは…!」
「お疲れ様でした。お水をどうぞ」
水を差しだすミアの目は、確かに笑っていなかった。
ステラたちを地下闘技場へ案内した守衛が一等席へとやってきた。
「ご苦労だった。リュカ王子、並びにお付きの人たち。あなた方のクラレーヌ家への入場を許可しよう」
ミアの作戦は成功したようだ。リュカが王子という設定も、シルヴァン王国などという架空の王国もでっち上げだが、信用に値する人物と認められたらしい。やはり強さこそがすべてを解決するのだ。
「そういえばまだ目的を聞いていなかったな。王子は何をしにクラレーヌ家へ?」
そうだ、まだミアに操られて啖呵を切っただけだった。ダミアンの代わりに婚約者を娶るという目的は、話していない。
「あー…、それはですね」
「リュカ様、もっと口調は男らしく粗暴な感じで。私がさっきやったみたいに!」
ミアがひそひそと囁く。
「あ、ああ。私がここに来たのは…」
「俺ですって!」
「俺がここに来たのは、クラレーヌ家の長女、ジェイド様を妻に迎えるためさ」
王子を演じようとすると、リュカの声は少し裏返る。
「ジェイド様を?あの方には婚約者がいるだろう。直接話したことはないからよく知らないが、顔だけは整ってるあの男な。中身はナヨナヨしてて、全然頼りがいの無さそうなやつだと聞いている。ジェイド様はあの男のなにがいいのかねえ」
まさか本人がいるとは思わず、ダミアンの悪口をペラペラとまくし立てる守衛。しかしダミアンも正体を隠しているので、いくら好き放題言われようと反論することはできない。ステラは代わりに庇ってやろうかと思ったが、よく考えるとダミアンのことを詳しく知らないので、下手な口を挟むのは止めておいた。
「リュカ王子はどことなくあの男に顔が似てるな。でも中身はまるっきり別人だ。ええと、ダミアンだっけ、婚約者の男。あいつは戦いなんてからっきしって感じだった。剣を握ったことすらないだろうな。クラレーヌ家に仕える者としては、あんたみたいな強い男にジェイド様をもらってもらいたいね」
フードの下で、ダミアンはどんな顔をしているのだろう。ステラは何も言わず、布越しに頭を撫でてやった。
「ジェイド様はこちらの部屋にいらっしゃる。くれぐれも失礼のないようにな。あと婚約者が逃げ出して気が立ってるから、いつも以上に面倒くさいぞ。気をつけな」
守衛が扉を開けて、ジェイドの部屋へと4人を通した。
「どこ、どこ⁉ダミアンはどこに行ったの⁉あんなに愛していたのに、黙っていなくなるなんてあんまりですわ!」
ベッドの上で飛び跳ね、枕を裂いている女がいた。中の羽毛が舞い、金髪の髪の毛に貼りついていている。
あれがジェイド。ダミアンに尋ねるまでもなく、ステラはそう確信した。




