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 「快進撃のリュカ王子、いよいよ最終試合です!会場の皆様の熱気も最高潮!さて、今度の相手はこれまでとは一味違いますよ。人の生気を吸い取る魅惑のモンスター。妖しくうごめく魔の手がリュカ王子に襲い掛かる。ではご覧頂きましょう。血も滴るいい女、サキュバスの登場です!」

 

 魔物を閉じ込めた檻が開かれると、ゆったりとした足取りでサキュバスが現れた。人間を誘惑するために特化した、蠱惑的な容姿だ。体をまとっている黒い布は衣服か、それとも皮膚の一部か。なんにせよ露出している面積がとんでもなく広い。これで外を歩こうものなら、まずまともな性癖の持ち主だとは思われまい。

 

 だがここは地下闘技場。男の観衆は色めき立ち、女からは卑猥だとヤジが飛んだ。

 

 「目のやり場に困るなぁ。魔物とはいえあそこまで妖艶だと、なんかこう、女として負けた気になる」

   

 「サキュバス…。噂では聞いたことがありましたが、本物を見るのは初めてです」

  

 女性顔負けの美しさの持ち主とはいえ、ダミアンも男だ。固唾をのむ音が聞こえた。

 

 「なあミア。君も将来はあんなセクシーになれるといいな…、って、ミア?」

 

 水のグラスを握りしめたミアが、何事かぶつぶつと呟いている。内容は聞き取れないが、リュカを誘惑しようとするサキュバスに向けての怨嗟の念だろう。グラスが揺れ、中の水が床に零れ落ちた。話しかけないほうがよさそうだ。

 

 「サキュバス相手にどう立ちまわるのか!首をバッサリ斬り落とすか、それとも甘いマスクで逆にサキュバスを誘惑し返すか⁉」

 

 「は?」 

 

 ミアが実況の男を睨みつけた。


 リュカはサキュバスとの間合いをじりじりと詰めていく。両者無言のにらみ合いが続いた。

 

 先に攻撃を仕掛けたのはリュカだった。相手の懐に入り込み、下から剣を振り上げる。

 

 「リュカ王子が先制!しかしサキュバス、華麗に躱した!」

 

 リュカの太刀筋を読むとは、相手もなかなか戦闘に慣れている。まるでダンスを踊るように舞い、斬撃を避けた。そしてサキュバスは桜色の唇を舐めて湿らせると、口を開き、唇と同じ色の息を吹きかけた。

 

 「おっと、なんだあの息は!これはまさか、サキュバスが人を惑わすという魔術か⁉」

 

 リュカはせき込み、目をこすっている。サキュバスの息により、視界が揺らいでいるらしく、目の焦点が合わなくなってきていた。


 リュカの足元がふらつき、一瞬倒れこみかけたが、剣を支えにしてなんとか踏みとどまった。しかし隙だらけだ。サキュバスがリュカの後ろに回り込んで、そっと耳を噛んだ。

 

 観衆が騒がしくて聞こえないが、情けない声をあげているのがリュカの表情から窺えた。ああいう時のリュカは完全に女だ。普段の凛々しさなど微塵も感じない。

 

 隣のミアを見るのが怖い。きっと鬼のような形相をしていることだろう。視界の端で水のグラスが激しく揺れているのが見えた。


 サキュバスの隠微な攻撃は続いた。リュカの首筋を舐めながら、体をまさぐる手が腰に伸びている。男よりも女の観衆の声が大きくなった。美しい王子が蹂躙される様は、さぞかし眼福なのだろう。

 

 地面を強く踏みつけながら、ミアが立ち上がった。

 

 「ミア…?」

 

 「ミアさん…?」

 

 ステラとダミアンは顔を見合わせた。ミアの毛先が、静電気を帯びているみたいに逆立っている。歯の隙間から漏れるふしゅーという声と吊りあがった目は、盛りのついた猫を思わせた。

 

 ミアが持っていた水を、闘技場のリュカに向かってぶちまけた。

 

 「なにやってるんだよ!」

 

 止めるには遅すぎた。僧侶がこんなに素早く動ける生き物だとは。

 

 頭から水を被せられたリュカの目は焦点を取り戻した。客席のミアを見上げ、次に自分に絡みつくサキュバスを認めると、悲鳴をあげながら飛びのく。

 

 「遊んでないで早く倒してください」

 

 そう告げるミアの声は、騒がしい闘技場の中でもハッキリと聞こえた。そして背筋が凍るほど冷たかった。

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