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見渡す限りの人。あっちを見てもこっちを見ても、地下闘技場は観客で埋まっている。クラレーヌの人口の多さを見くびっていた。
「お付きの人たちはこっちの席に」
ステラとミア、そしてフードで正体を隠したダミアンが案内されたのは、闘技場の一等席だった。視界を遮るものはなく、戦いの場がよく見える。
広大な地下闘技場は熱狂に満ちていた。賭け事が行われているらしく、どちらが勝つか、いくら金を賭けたかというやり取りが聞こえてくる。
「お集りの皆さん、今日の勝負は一味違いますよ!」
声変わり前の少年のような、甲高い男の声が響いた。人間の肉声がここまで反響するわけがないので、拡声の魔法を使っているのだろう。
「むさ苦しい男と魔物の戦いに飽き飽きしていた紳士淑女の皆さん。本日、ここクラレーヌ地下闘技場で魔物と剣を交えるのは、身目麗しい異国の王子!それではご覧に入れましょう。シル…え?なに王国だっけ。そうそう、シルヴァン王国!シルヴァン王国からやってきたリュカ王子です!」
闘技場にリュカが現れると、観衆から歓声が上がった。その多くは女性客によるものだ。
「さすがリュカ様、黄色い声援がこれでもかというくらいに上がってますね。コーディネートした甲斐があったというものです」
客席から闘技場を見下ろしたミアが、満足げに頷いた。
「ミア、君はなんというか…リュカのことが大事なのか何なのか分からないな。危険なことに首を突っ込ませすぎじゃないか?」
「私はリュカ様を信頼しているんですよ。なんたって元騎士団の副団長。負けるはずがありません」
「確かにリュカの強さは折り紙付きだけどさ…」
「そんなに強い方なんですか、リュカさんって」
ダミアンと出会ったパブでは、リュカは大して戦っていなかったので、彼女の実力を知らないのも無理はない。せいぜいミアに近づいた男を投げ飛ばしていたくらいだ。
「剣技の能力でいえば、私よりも断然上だと思う。一対一で戦ったら負けるかもな」
「ステラ様は狡い戦い方をしますから、結果的に勝ちそうですけど」
「勇者に大事なのは誠実さじゃない。勝つことさ。こちとら騎士道精神なんてもの、一切持ち合わせてないんでね」
特別席ともなれば、サービスも充実している。ウエイトレスの格好をした女性が、カートに乗せたドリンクを運んできた。ミアは柑橘のドリンクを、ダミアンは水を注文した。
「ステラ様、なにお酒飲もうとしてるんですか」
「観戦のお供には酒だろうが」
ステラがビールを呷るのとほぼ同時に、開戦のゴングが鳴った。
「まずは第一回戦。北の雪原で捕まえた一角獣です!こいつは活きがいいですよ。そのでっかい角で腹を一突きされたら一たまりもありません!数多の冒険者たちを葬ってきた世にも恐ろしい魔物。さあ、リュカ王子は果たして勝てるのか。はたまた、臓物ぶちまけてくたばるか⁉」
品のないアナウンスだが、観衆は盛り上がりを見せている。
「あ、あんな魔物を捕えていたなんて!」
フードの下から、ダミアンの震えた声がする。
「見てください、目が血走ってますよ。僕も地下闘技場に来るのは初めてなんですが、前に聞いたことがあります。対戦用に連れてこられた魔物には、凶暴性を何倍にも増幅させる魔法がかけられているって。リュカさん、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「まーまー、心配なさらないでください。見てください、あのリュカ様の顔」
リュカは剣を軽く握りながら、一角獣の全身を鋭い視線で眇めている。どんな魔物にも弱点はある。リュカはそれを見極めようとしているのだろう。ステラも魔物と対峙したときは、まず同じように相手を観察する。だからステラには分かった。リュカの剣を握る手に力が入り、若干口元に笑みが浮かんだのを見て、勝機を確信したのだと。
「それでは、試合開始!」




