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「この俺を誰と心得る」
「…え?ミア様、今なんと」
「私の言葉を繰り返してって言ったじゃないですか。堂々と胸を張って言ってください。この俺を誰と心得る、と」
リュカの背中に隠れたミアが、ひそひそと耳打ちをする。
「ミアのやつ、一体リュカをどうしたいんだ。キャラ付けが無茶苦茶すぎるだろ」
「ま、まあジェイドは顔さえ良ければ性格には目をつむるかもしれませんし。それに我の強い男のほうが、案外好みだって可能性もあります」
追われている身ということを差し引いても、ダミアンは比較的大人しい性格をしている。言動も控えめで、ステラのような粗暴さを感じることはない。
しかしミアは忘れているのではないだろうか。王子に仕立て上げられたリュカは、あくまでダミアンの代わりだということを。本人の性格と乖離していては、ジェイドを惚れさせる目的が達せられない恐れもある。ミアの頭の回転は早いが、思慮深さには欠けている。
「こ、この俺を誰と心得る!」
観念したリュカは、騎士団時代を思い出させる凛とした佇まいで言い放った。
「シルヴァン王国の第一王子、リュカである」
「シルヴァン王国の第一王子、リュカである!」
一字一句間違えるなというミアの指示を忠実に守っているリュカ。操られているのはステラから見れば丸わかりだが、身長の高いリュカの陰に隠れたせいで、守衛からミアの囁く姿は見えない。突然威勢のいい名乗りをあげたリュカに不思議そうな顔をしているものの、守衛はひとまず最後まで聞くことにしたらしい。
「俺が王子であると証明せよと言ったな。ではこの街で一番、剣の腕が立つものを連れて参れ。シルヴァン王国は最強の騎士団を擁している。俺はそれを束ねる騎士団長でもある。この剣技でもって、証明してみせよう。俺が正真正銘リュカ王子であると!」
ミアの言葉を繰り返しているリュカは、自分が何を言わされているのか分かっておらず、まるで演劇の台本を読みながら喋っている、そんな口調だった。
「どんどん設定が足されているんだが、王子が騎士団の団長?そんな王国あるのか」
「聞いたことはないですね」
「そろそろミアを止めたほうがよくないか」
「けれど身分を証明するための公的な書類はないわけですし、リュカさんの腕前は確かなんでしょう?だったらこのまま押し切るのが得策かもしれません」
ミアの操り人形と化したリュカと、裏で糸を引くミア。収拾がつかない事態に向かいかけている2人を、ステラとダミアンは傍観するしかなかった。
「ふーむ、そう言われても困る。クラレーヌに特別腕の立つ剣士というのはいなくてな。代わりと言ってはなんだが、リュカ王子。あなたが実力で身分を証明したいというのなら、おあつらえ向きの催しがあるんだ」
ミアが何も言わないのでリュカは沈黙している。
「ちょ、ミア様、反応してください」
ミアは時々、会話の途中で静かに考え込む癖がある。急に黙るので、変なこと言って機嫌を損ねたかと、ステラはたまにヒヤヒヤさせられていた。
「え、ああ。よかろう。その催しとやらに案内せよ!」
クラレーヌ家の門が開かれた。まだ守衛には疑われたままだが、第一関門突破だ。
計算通り、とでも言いたげに、ミアがこちらを向いて得意げに微笑んだ。
「ではこちらへ。案内いたしましょう。クラレーヌ家の地下闘技場へ」
守衛が背中を向け、歩き出した。




