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「結局呪いの鏡は手に入りませんでしたね。売ったお金で当面の旅の資金を確保するつもりだったのに、あてがなくなっちゃいましたよ」
ラミアとの戦いを終えた4人は、酒場でテーブルを囲んでいた。ステラとロメオはペースが速く、着席と同時に一杯目のグラスを開け、すでに三杯目に突入している。パーティーの家計管理を任されているミアは、収入の目途が立たなくなったことを憂いているが、酔っ払い2人の耳には届かない。
「えぇ、資金がなんだってぇ?いいじゃないか、気にすんな。こうやってみんな生きて帰ってこられただけでも儲けもんさ。なあロメオ、お前もそう思うだろ?」
「まったくその通りですよ。へへっ。いやー、僕も長年この業界でやらせてもらってますけど、今までで一番スリリングな体験でした。目が潰された時はもう終わりかと思いましねえ」
「こいつさあ、普段はヘラヘラしてるくせに、いざというときは結構男らしいんだよ。眼球失ってめちゃくちゃ痛かったのに、私への忠告をするために耐えてたんだろ?」
「ドキッとしちゃいましたか。このロメオの男気に」
「私がもっと若けりゃ惚れてたかもな」
「お上手ですねえ、ステラさんも」
2人は四杯目のビールを注文した。運ばれてきた瞬間に、グラスの半分が空になった。
「もー、2人とも飲みすぎです。お金ないって言ってるじゃないですか。どーするんですか、こんなに注文しちゃって。お金払えるんですか」
「そうカッカしなさんなって、ミアちゃん。ここは僕が払いますから」
「おお、こういうとこも男らしいよなぁ。なんでお前に女が寄ってこないのか不思議だよ」
「ステラさんがもらってくれますか?」
「バカ言え。私が好きなのは可愛い子だけだ。…あれ、もうないじゃん。ミア、私のビールこっそり飲んだ?」
「そんなことするわけないでしょ。ステラ様がぐびぐび飲むからすぐ無くなるんです」
グラスを逆さまにして底をとんとん叩くステラに、ミアは呆れた様子だ。
リュカは日頃めったに酒を飲まない。ステラからしつこく勧められた場合だけ付き合いで飲む程度だ。しかし今日のリュカは違った。
「ぁぁぁ…私また何かやってしまったんでしょうか。まったく記憶にはないのですが、やらかした感覚だけはあるんです。教えてくださいステラ様。私はなにをしたんですか!」
4人の中で一番酒が進んでいるのがリュカだった。テーブルに突っ伏して喚く彼女の傍には、すでに10本以上の空のグラスが散らかっている。
「いやいや、大活躍だったよ。君がラミアを倒したんだから、もっと誇っていい」
「でも戦った記憶がないです。気づいた時にはラミア様がバラバラになってて…」
「おえ…」
惨状を思い出したミアが、酒も飲んでないのに吐きそうになっている。
「じゃあどこまでは覚えてるんだ?」
「ミア様が呪われて、それで呪いを解くには真実の愛のキスがどうとかロメオ様が言い出して、それから…」
リュカが目を伏せた。
「あー…、たしかリュカがミアにキスしたんだよな。そのあとは?」
言いにくそうにしているので、ステラが先を促した。
「私じゃ呪いは解けなくて、す、ステラ様がキスしたら、呪いが解けて…」
話しているうちに、リュカの目が潤んできた。まずい、このままだと泣きそうだ。ステラは自分が飲んでいたグラスを差し出す。
「まあまあ、飲んで落ち着けよ」
リュカの顔はアルコールで真っ赤になっており、だんだん呂律が回らなくなってきた。
「お、おかしいひゃ、じゃないですか。なんで、なんで私がダメで、しゅ、ステラ様が愛のキスを」
「ロメオ、水を持ってきてくれ。こいつだいぶ酔ってる」
立ち上がろうとしたロメオの腕を、リュカが捕まえた。
「ひっく、説明してくらさい、ロメオ様」
「それリュカちゃんが自分で訊きだしたじゃないっすか。って、そうか。その時の記憶ないんだっけ。えーとですね、つまり呪いを解く条件ってのがそもそも違いまして、ステラさんの口の中に残ってた唾液が…」
「そんな事訊いてないんですよ!」
「ええ、質問したのはそっちじゃないですか」
酔ったリュカはステラよりも質が悪い。いちゃもんの矛先が自分に向けられる前に逃げようとしたが、射貫くような視線をリュカに向けられてしまい、腰がすくんだ。しかしその目はすぐに迫力を失い、焦点が合わなくなった。ロメオが持ってきた水を飲ませようとしても、リュカはもう夢の中だ。自分の上腕二頭筋を枕にして、寝息を立て始めた。
「はあ、やっと寝たか。こいつ酔ったら面倒くさいな」
「リュカ様のこんな姿も初めてですよ。なんだか今日は新鮮なリュカ様がいっぱい見られて最高ですね」
「私が酔っぱらったら蔑むくせに」
「リュカ様はいいんです」
リュカも色々と普段から思うところがあるのだろう。たまにはストレスを発散させてやらないといけない。その結果、ミアの前でとんでもない醜態を晒しているわけだが、酒の失敗なんて呪いに比べれば可愛いものだ。
「それにしてもリュカは、よっぽどミアと私がキスしたのが気に食わないみたいだな」
「だからあれはキスにはカウントしてませんって」
「まあその、なんだ。私としてもリュカに寂しい思いをさせたいわけじゃない。どうかミアから改めて、キスしてやったらどうだ」
てっきり恥ずかしがって拒否されるかと思ったが、ミアは酔いつぶれたリュカの唇に、そっと口づけをした。きっとリュカは、いい夢を見ているのだろう。寝ながらへらへらと口を綻ばせるその姿には、戦士としての誇りは微塵も感じなかった。




