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巨像とアリならぬ、大蛇と子猫の戦いとでも言おうか、その戦力差は歴然だったはずだ。しかし訪れた決着は、あまりにあっけなく子猫の勝利で幕を閉じた。
「あ…がぁ…」
眼球をくり抜かれたラミアが、巨体を痙攣させている。その傍らで、毛玉で遊ぶ猫のように眼球を転がしているリュカ。しばらくつんつん突いていたが、やがて興味を失ったのか、人間の体ほどの大きさがある眼球をどこかへ蹴り飛ばしてしまった。
「あれが本当にリュカ様…なんですか?」
ミアはいまだに信じられないというふうに、獣人の呪いによって変貌したリュカを見ている。
「信じたくない気持ちは分かるが、あれはリュカだよ。あの状態になってる時の記憶は本人には無いらしいが」
ミアの治癒魔法により視力を少し取り戻したステラ。復活した視界に最初に映るのが、あの女豹だとは。
「しかし強かったですねえ、リュカちゃん。見ましたか、あの身のこなし。ラミアちゃんの体にササッと登って行って、めん玉をブスリ!見事なもんですよ」
「眼球を狙うなんて卑劣な真似、普段のリュカなら絶対にしないだろうな。騎士道精神に反することは嫌うやつなんだ。だけど今のリュカには正義も誠実さもあったもんじゃない。あいつは獲物を狩ることしか眼中にない獣さ」
大蛇の体が縮んでいく。街一つ飲み込みかねないほどの大きさだったそれは、元通りの人間の姿に戻った。ラミアはこんなに小さかっただろうか。
「くっ…、私がこんな猫なんかに…!」
「窮鼠猫を嚙む。いや、噛んだのは猫ですかにゃあ」
「殺すの?いいわ、殺しなさいよ。またいつか復活してやるんだから」
「それって肉体が残ってたら、の話ですにゃ」
リュカは前足の爪をラミアの腹に突き立てた。
「ぜーんぶぐちゃぐちゃにしちゃったら、もう戻ってこられないにゃあ」
「ひっ!やめて、やめてよ!」
おびえるラミアの目から溢れた涙を、舌で舐めとるリュカ。
「私のミア様を奪おうとしたのに、都合よく許されると思ってるのかにゃ」
「わ、私のって…。こんな白昼堂々と、大胆すぎますリュカ様」
ステラの腕のケガを治療しながら2人の会話を聞いていたミアが、興奮気味に言う。
「治療に集中してくれないか。変なところに魔力が来てるから。さっきからケガしてない部分にばっかり治癒魔法が…」
「治療なんてあとでよくないですか。もう目は見えるようになったでしょ」
リュカが余計なことを言ったせいで、治療の優先順位が下げられてしまった。ラミアに奪われた視力は回復しており、鏡の破片が刺さった腕の出血も、解毒も粗方終わっているので構わないのだが。
リュカの指先から、針のように鋭い爪が伸びてきた。それをラミアの肩に食いこませる。
「ぐぁっ!痛い痛い、殺すなら一思いにやって!」
「だーめ、まだ聞きたいことがあるにゃ」
「なんでも答えるから、お願い乱暴しないで!」
人の目を潰しておいて、ずいぶん都合のいいお願いだ。リュカも当然、聞き入れることはしなかった。突き立てた爪は、どんどん深くへと入っていく。
「質問は一つだけ。ミア様にかけた呪いが、ステラ様とのキスで解除されたことについてにゃ。ロメオ様の言う通り、真実の愛のキスが呪いを解く方法っていうのは本当?だったらおかしいにゃ。許せないにゃ。認めないにゃ」
褐色のラミアの肌は、あふれ出る血で赤く染まっていく。
「私がキスしても呪いは解けなかったのに、なんでステラ様の時だけ。おい蛇女。言え。呪いを解くのは真実の愛のキスなんかじゃないと言えにゃん」
もはや質問というより、脅迫だ。
「違う。そうよ、違うわ。キスに愛があるかなんて関係ない!関係ないの!」
「うにゃ?」
「あの呪いを解くには、私自身が僧侶ちゃんにキスする必要があったの。でもその直前にステラと私が、その、やったじゃない。濃厚な口づけを。それでステラの口内に私の唾液が残ってたんでしょう」
「ふむ、つまり呪いの解除条件であるラミア様とのキスが、間接的に発動してしまったと。そういうことですにゃ?」
「そうそう、そういうこと。だから真実の愛だとか、そんなおとぎ話めいたことは一切ないの。これで安心した?」
「なーんだ。心配して損しちゃったにゃあん。あっ、訊きたいことは以上です。それじゃ、おやすみなさいにゃ」
リュカは鋭利な爪で、ラミアの体を解体し始めた。最初のうちは聞こえていた断末魔も、あっという間に静かになった。
「見ちゃだめだミア。君には刺激が強すぎる」
ステラが言うよりも早く、ミアはグロテスクな光景から逃げていた。遠くでミアが嘔吐する声が聞こえてきた。




