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 牙を一本折ったところで、戦況が有利になったわけではない。依然としてステラは防戦一方だった。目が開けられないのだから、ラミアの攻撃が当たらないように避け続けるしかない。

 

 ラミアに一撃を加えるには、牙を折った時のように捨て身の覚悟でないと通用しないだろう。わざと自分の体に巻きつかせて隙を作り、鏡に覆われていない部分を攻撃する。今のステラに思いつく戦略はその程度しかなかった。

 

 「いつまでちょろちょろ逃げ回るつもり?いい加減観念しなさい!」

 

 ステラはあえて足を止め、ラミアのしっぽに締め付けられるがままになった。内臓を押し出されそうな痛みだが、耐えるしかない。圧倒的不利な状況において不幸中の幸いとしては、ラミアもステラと同じくらい知性に欠けていることだった。馬鹿の一つ覚えのように、ステラの頭にかぶりつこうとしてくる。先ほどそれで、2本しかない牙の一つを折られたというのに、懲りないやつだ。


 「出会い方が違えば、馬鹿同士仲良くできたかもしれないのになぁ!」

 

 ラミアの口の奥から伸びてくる先の割れた舌を掴み、力の限り引っ張った。


 「いだだだだだだだ!放して、千切れる!」

 

 「千切ろうとしてんだよ!」

 

 「歯も舌もなくなったら、よぼよぼのおばあちゃんみたいじゃない。そんなの嫌!」


 「400年前から生きてるんだろ。お前は立派なババアだ」

 

 あと少しで舌が引っこ抜けそうだ。手ごたえを感じ始めたとき、ラミアの残っていたもう片方の牙が、ぶすりとステラの腕に突き刺さった。

 

 「あがっ…」

 

 「私の毒に犯されるのはこれで2度目ね。毒が全身に回るのも時間の問題よ。勝負あり。さよなら、間抜けな勇者」

 

 一度目はラミアが棺から出てきた直後、ステラは首筋を噛まれて泡を吹いて倒れた。あの時はミアが治癒してくれたが、今の状況ではそれも難しい。治癒魔法を使うには術者と密着している必要があると、ミアが以前言っていた。2人がくっついていれば、そこをラミアが一網打尽にするに違いない。

 

 「ステラ様!今治療を…」

 

 「ダメだ来るな」

 

 「でもそのままじゃ毒が」

 

 「大丈夫、大丈夫だから…」

 

 毒の周りは思ったより早い。もう噛まれた腕が動かなくなってきた。意識も朦朧としてくる。いよいよまずい状況になった。パーティーにもう戦える者は…。

 

 「リュカ…、そうだ、手負いじゃないのあいつだけじゃないか。おいリュカ、どこだ。頼む、ミアを守ってやってくれ」

 

 ステラとミアのキスのせいで心を折られていたリュカに、薄れゆく意識の中で声をかけた。

 

 果たしてその声に応えたのは、リュカであってリュカでは無かった。

 

 倒れたステラの耳を、生暖かい吐息がくすぐる。すんすんと鼻を近づけて臭いを嗅いでくるそれは、薄茶色の毛皮を纏った獣人。いや、獣人の格好をしたリュカだった。


 「なんで…またメス猫の姿に…。呪いはロメオが解いたはずだろ」

 

 「呪い?なんことですかにゃあ」

 

 獣人の呪いが込められた毛皮と耳、そしてしっぽを身に着けたリュカは、またあの甘ったるい語尾で喋っている。軽い気持ちで猫っぽい語尾を提案したことが、今になって悔やまれる。

 

 「ロメオ、一体これは…」

  

 「ロメオ様なら私が治療中です。けどこれ、普通のケガじゃないのでなかなか治癒が進みません。ロメオ様、気を確かに。あれ、ちょっとニヤニヤしてません?もしかして起きてます?」

  

 「いやあ、ミアちゃんの膝枕はいいもんですね。目が見えないのが残念ですよ」

 

 「治療してあげませんよ」

 

 「冗談じゃないっすか」

 

 ステラ同様に目を潰されたロメオだが、案外元気そうだ。おそらく呪いを解除したロメオの魔力が一時的に途切れたことで、獣人の呪いが再発したのだろう。ロメオの鞄に、耳、毛皮、しっぽの一式セットが入っていたのが災いした。

 

 「へ…?リュカ様、そのお姿はなんですか」

 

 一度目にリュカが呪いにかかった時は、甘い言葉を耳元で囁かれてすぐに気絶したので、ミアが女豹のリュカをちゃんと見るのは初めてだった。

 

 「ミア様…、ふふん」

  

 普段のリュカなら絶対にしない、相手を誘惑するような艶っぽい表情を浮かべて、四足歩行でミアに忍び寄る。

 

 「ちょっ、来ないで。いや来てもいいですけど、心の準備が」


 リュカは焦るミアを見て、くつくつと喉を鳴らして笑った。そしてしなやかな動きで近づくと、ミアの頬をぺろりと舐めた。

 

 「ひぃぃぃぃ!」 


 またミアが気を失いそうになっている。

 

 「なんだか大変なことになってますにゃあ、ステラ様。ボロボロじゃないですか」

 

 「あの大蛇には気をつけろ。絶対にあいつの姿を見てはいけないぞ。見たら目が潰れて、最悪の場合は死ぬからな」

 

 「ふーむ、要は見なきゃいいいってことですね。それならこの戦い、私が適任ですにゃ」

 

 「お前が?」

 

 「猫の嗅覚、舐めてもらっては困りますにゃん。目をつむってても相手の位置くらい分かりますから」

 

 リュカはゆっくりと目を閉じ、剣を口にくわえた。体を折り曲げ、その反動で一気に飛び上がる。

 

 「な、なにこの猫!あっち行きなさい、獣は嫌いなの」

 

 ラミアに飛び乗ったリュカは、宣言通り正確に攻撃を加え始めた。鏡に覆われていないラミアの眼球に、くわえていた剣を突き刺す。

 

 「ぐあああああぁ!」

 

 「うわ、いたそう…」

 

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