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大蛇と化したラミアの全長は、遺跡の大きさをはるかに凌駕していた。真っ赤な目が輝く蛇の顔には、人の形をしていた時の面影が微塵もない。酒を口移しで飲ませるためとはいえ、あんなものと唇を重ねたのかと思うとぞっとする。遺跡に収まりきらなくなったラミアは、周囲に生えている木々をなぎ倒しながら這っていく。ラミアの体に乗せられたステラたち4人は、振り落とされないように踏ん張るので精一杯だった。
「落ちたらラミアにぺしゃんこにされるぞ。みんな何かに掴まれ!」
「何かって言われても、蛇の体はツルツルしてて掴むところないです!」
「なんか探せよ!あるだろ、ささくれとか」
「ないですよ、ラミア様、肌の手入れは丁寧にされてたみたいだから、どこ触ってもツルツルしてます」
「昔の人間のくせに一丁前に肌の手入れだぁ?仕方ない。ミア、私に掴まれ」
ラミアの体に突き立てた剣を軸にバランスを取り、空いた片方の手でミアを抱き寄せた。ミアの髪は、いつ触ってもふんわりとしている。乾いた筆のような質感の、ステラの髪とは大違いだ。
「僕もお願いしますよ。掴まるとこ見つからないんで」
ステラの脚にロメオが掴まった。
「お前、レディのそんなところを鷲掴みにするな!」
「かったい筋肉してますねえ。なにこれ、岩ですか」
「蹴り落とされたいか」
ロメオを振り払おうと右足をあげた瞬間、今度は左足にリュカの手が触れた。それは掴まるというよりも、そっと触れるというような感触だった。
「リュカ、君はなにをやっている!?」
「私もステラ様に掴まってていいですか」
「自分でなんとか出来るだろうが。いつまでもめそめそしてるんじゃない!私の知ってるリュカは、そんな情けない戦士じゃなかったぞ」
「だってぇ…」
「だっても何もあるか。ええい、離れろ2人とも!掴まっていいのはミアだけだ」
両足の自由を奪われていては、波打つラミアの体の上で平衡感覚を維持できない。邪魔者2人を追い払い、ミアの頭を引き寄せた。
「リュカ様に乱暴しないであげてください」
「ほんとにあれがいいのか?君の好きだったリュカは、もっとこう…、王子様系だっただろ。あんな情けないやつじゃなかったぞ」
「情けない一面もまた魅力といいますか。はい、全然ありです」
リュカのことに関して、ミアの口から否定的な意見が出たことはない。ステラには口うるさく言うくせに。もしステラが道中で泣きじゃくりでもしたら、ミアは即刻見捨てて行く気がする。
パーティーの間で悶着を起こしている間にも、ラミアの進行は止まらない。
「一体どこに向かっているのでしょうか」
「おそらく街のほうじゃないか。くそっ、まずいな。こんな化け物が街に突撃しようもんなら、一瞬にして壊滅してしまうぞ。何としてでも止めないと…」
ステラは息をのんだ。
「止めないと?」
「私の責任問題になってしまう。事情はどうあれ、ラミアを野に放ったのは私たちだ。もしラミアが街一つ滅ぼそうもんなら、国王や地主から袋叩きに遭いかねない。嫌だよそんなん。勇者特権で与えた補助金返せとか言われかねないじゃないか」
「街の安全よりご自身の心配ですか」
「旧知の友人も別の地方で勇者をやっているが、いろいろやらかして目をつけられてると聞いた。権力者を敵に回すと怖いぞ。どこの宿屋も泊めてくれなくなるし、食料すら売ってもらえなくなる。指名手配みたいなもんさ」
そうなったらまともに旅を続けることも出来やしない。ステラだけでなく、ミアとリュカにもみじめな思いをさせることになる。
「意外と厳しいんですね。勇者の世界って」
「ああ、だからここでラミアを仕留める。絶対に街へは行かせるものか!」
勇ましく叫びながら、ステラは波打つラミアの体を斬りつけた。噴き出した血が、抱き寄せたミアの顔にもべっとりと付着した。
「うえ…生臭い」




