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駄々っ子のようにぐずり始めたリュカは、もう役に立たない。王子様とお姫様の良いとこどり、そんな優れた中性的な容姿も台無しだ。
「ミア、見るな。今のリュカを見てはいけない」
「あれはあれで、私はありだと思います。弱いところの一つや二つあったほうが人間らしいじゃないですか」
「なんでもかんでも受け入れるな。好きな相手にだけ甘いのは君の悪い癖だぞ」
リュカの情けない泣き顔を拝もうとするミア。今はそっとしておくのが一番だ。ステラはミアの肩をつかんでリュカと反対方向に向きなおらせた。
「もうちょっとだけ見せてくださいよ。目に焼き付けておきますから」
「さっきまで殺されかけてたとは思えない余裕だな。しかしリュカが使えなくなったせいで戦力が一人減ったぞ。私とミアだけであいつと戦わないといけない」
「私は参加しないほうがいいのではないでしょうか。また捕まっても足手まといになるだけですし」
ラミアの目的は、侍女ソフィアの魂を移し替える器の確保。不名誉にもそれに選ばれたミアを近づけるのは得策ではない。もともとのパーティーの人数でいえば、四対一と圧倒的に有利だったはずなのに、結局サシで戦う羽目になりそうだ。ミアの治癒魔法は、人道を外れた使い方をすれば人の命を奪うことも可能だが、今回それに頼るのは避けたい。
「またラミアの呪いにかけられても困るからな。そこで見てるといいさ」
「呪われても平気ですよ。ステラ様のキス…キスとは認めてませんけど、呪いは解けちゃうんですから」
ステラは見逃さなかった。キスという単語を口にする瞬間、ミアがリュカのほうをちらりと見たことを。ミアの視線が大粒の涙を流すリュカと合った。
「ううううぅ…」
「今わざとリュカを見ただろ」
「あぁ…リュカ様を泣かせたくなるこの気持ちは一体何なのでしょう」
ミアは変な性癖に目覚めつつあるようだ。
「さてラミア、一騎打ちと行こうじゃないか。私とお前も熱い口づけを交わした仲、殺すのは少々心が痛むよ」
「あれは奉仕だと言ってるでしょ」
「その割にはずいぶんとお楽しみだったようだが」
酔った勢いで女王を襲ったとなれば、時代が時代なら即刻刑に処されるレベルだ。生まれたのが現代でよかった。
「私を殺したら、お目当ての鏡は手に入らなくなるわよ。いいの?」
「金ならほかで工面するさ。お前を生かしておくと私のパーティーが崩壊しかねない。ミアの魂を取ろうとするわ、リュカは…なんか変な感じになるわで散々だよ」
リュカが鼻をすすり上げる音が聞こえてくる。神に忠誠を誓った騎士道を極め、磨き上げられた屈強な精神が、キス一つで瓦解してしまうなんて。人間の心というのは案外脆くて弱いものなのだろう。
「そっか、もう呪いの鏡は交渉のカードには使えないと。でも安心しなさい。死ぬ前に見せてあげるから。っていうか嫌でも拝ませてあげるわ。あなたたちが探してる、呪いの鏡をね」
壁の穴から無数の甲虫が湧き出てきた。一匹だけでも悲鳴をあげていたリュカが、恐怖と傷心のダブルパンチでさらに涙を流し始める。
「な、なんか揺れてないっすか?」
ラミアが生前に使っていた生活感丸出しの地下室が、音を立てて崩れ始めた。
「自分ごと生き埋めにするつもりか!…って、あいつどこ行った」
ラミアの姿が消えている。
地面が波打ち、ステラは重心を崩した。転倒してしまわないように、地面に剣を突き刺して、柄に掴まる。その時、妙な違和感があった。いやに地面が柔らかい。石に剣を突き立てたというより、魔物の肉体を刺したときのような感覚。ずぶぶと切っ先が沈んでいく。
「いったいわね!この野蛮人!」
「ら、ラミア…?」
ラミアは消えたわけではなかった。部屋全体が蛇の模様に変化しており、床が、壁が、天井がうねうねと動き、とぐろを巻いていた。
「僕が幻覚を見てるのでなければ、ラミアちゃんが巨大な蛇になっちゃったってことなんですけど、ステラさんにもそう見えてます?」
「ああ、同じ認識で間違いないよ」
剣が突き刺したのは地面ではなくラミアの肌だったのか。どうりで痛いと喚くはずだ。




