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「うそ、呪いが消えてる…?」
見えない鎖から解き放たれたミアは、蛇の模様が消えた首筋を何度も撫でている。そこに存在したはずの呪いの痕跡がなく、白磁のようなミアの肌に戻っていた。
「まさかロメオ様の魔法ですか」
「僕を買いかぶったらいけませんよ、ミアちゃん。おじさんにはそんな高度な魔法使えませんから」
「ではなぜ呪いが…。まさかステラ様、さっきの、き、キスのせいですか?」
不可抗力とはいえ、ミアを押し倒す形で唇を奪ってしまった。言い訳を脳内で並べ立てていたステラだったが、あまりミアが怒っている様子ではないので安心した。むしろ呪いが解けた要因が本当にキスなのであれば、感謝してもらいたいくらいだ。
「愛のキスで呪いが解けるなんて、ロメオが冗談で言っただけだろ。リュカもそれを鵜呑みにしたみたいだが、結局意味なかったしな」
呪いに体を蝕まれたリュカは、倒れてこそいるものの意識はある様子だ。幸い別の方向を向いていたので、さっきのキスを目撃されていないはず。もし見られていたら、ラミアに向けられていた殺意の矛先がステラに向きかねない。
「そっか、リュカ様ともキスをしたんですよね、私…」
「すぐに上書きしてごめんな。悪気はなかったんだ」
「大丈夫です。ステラ様のは乱暴すぎて、キスにカウントしてませんから。唇と唇が触れただけです」
「やめてくれ。女としての自信がなくなる」
ステラとの口づけは、どうやら無かったことにされそうだ。
「あっ、リュカちゃん、気が付きましたか。愛しのミアちゃんは無事ですよ」
向こうを向いて倒れていたリュカが、体を起こした。稲妻に焼かれた皮膚が痛むだろうに、リュカは自分の傷になど目もくれず、ミアのもとへ駆け寄った。
「の、呪いは、呪いはどうなりましたか!?」
「もう平気ですよ。リュカ様にお守りいただいたおかげです」
「では、あのキスで?」
「あー…、それは…」
ミアが気まずそうに目をそらした。
「リュカちゃんが倒れてる間に、ひと悶着あったんすよ」
「ロメオ、余計なことを言うな」
まあまあ、とロメオが手で制する。
「リュカちゃんがキスして何の効果も無かったじゃないですか。そのあとすぐですよ。今度はステラさんがミアちゃんに熱い口づけをしたんです」
「なっ…」
「そしたら呪いがパッと消えちゃってね。ほら、ミアちゃんも元気に元通り」
リュカの視線がロメオからミアに。そしてステラに移った。ステラを見る時間だけずいぶんと長い。
「…それって、真実の愛のキスだったんですか」
「は?」
リュカからの思わぬ問いに、ステラは間抜けな声を出した。
「だって呪いが解けたなら、そういうことですよね。私がミア様にキスしても何も起きなかったのに、ステラ様だと呪いが消えた。私が知らない間に、お二人は愛を育まれていたと」
「ちょ、ちょっとストップ。いろいろおかしな事言ってるぞ。まず真実の愛のキスで呪いが解けるなんてのはロメオの妄言だし、それに私とミアが恋人関係なわけがないだろ。な?そうだよなミア」
「そうですよ!私はリュカ様のことしか…」
ガシャンという鎧の音を立てて、リュカはその場にへたり込んだ。
「いやだ、やだぁ…。どうせ私はいつも二番手なんだ。騎士団でも団長になれなかったし、何をやっても誰かが上にいる。一番がいいのに。ミア様の一番がいいのに」
リュカがぐすぐすと泣き始めた、大粒の涙がこぼれ、頬を伝う。手の甲でそれを拭う仕草は、まるで幼い子供のようだった。
「な、情けねえ。なんだこいつ」
「こんなリュカ様、絶対何か変です。まさかまた呪い?」
「ラミア、お前なんかやっただろ!」
今回ばかりは、むしろラミアの仕業であってほしい。素でこんな情緒不安定になるリュカなんて見たくない。
「なんでも私のせいみたいに言うのやめてくれる?私が呪いを直接かけたのは僧侶ちゃんだけ。その人には何もしてないわよ」
ならばリュカは、単に精神が折れてしまっただけなのか。ステラがミアにキスしたせいで?
ラミアと戦わないといけないというのに、厄介ごとが増えてしまった。どうにもこのパーティーは、いつも締まらない。




