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ミアを生贄にして侍女を復活させるというラミアの計画は、どういうわけか中止となった。何がラミアの心を変えたのだろう。リュカは安堵の息を吐いて構えた剣を下げたが、ステラはまだ気を緩めていなかった。
「生贄が必要ないからミアを返してもらおうか。しっかり呪いは解いた上でな」
「あら、それは無理。誰が返してあげるって言った?」
ほら見たことか。どうせなにか思惑があるに違いない。
「殺すのはやめると言っただけ。考えが変わったの。私の可愛い侍女、フィオナの魂はまだここに残ってる。それを移してあげるのよ。僧侶ちゃんにね」
フィオナというのが、ラミアを慕っていた侍女の名前らしい。その名前を口にした時のラミアの声は、愛おしい過去の日々を思い返すように甘い響きを孕んでいた。
「肉体は滅びても魂はずっと残り続けてるからね。フィオナそっくりの僧侶ちゃんの魂と入れ替えちゃおうってわけ」
「ふざけるな!」
ラミアに斬りかかろうとしたリュカを押しとどめる。
「落ち着け。ラミア、お前の言ってることはおかしいぞ。フィオナという侍女を復活させたいんだろう?だったらなぜミアを生贄にせず、魂を移すなんてことするんだ。ミアにソフィアの魂が乗り移ったとしても、それはソフィア本人と言えないだろ」
「ああ、そんなこと。僧侶ちゃんの肉体を使う理由は単純」
ラミアが棺を蹴とばした。あんなに大事そうにしていたソフィアのミイラが転がり出て、バラバラに砕けた。
「こっちのほうが可愛いからよ」
ラミアの舌は、蛇と同じく先が二つに分かれていた。人間のものとは形状の違うその舌で、ミアの首筋を、耳を、鼻を舐めていく。
「…っ」
身じろぎするミアを後ろから抱きしめて動きを封じ、丁寧に手入れされた栗色の髪に顔を埋めるラミア。
「ミアのほうが可愛いから、ソフィアの魂だけ移して肉体はポイってか。自分を慕っていた侍女をごみのように捨てるなんて、お前の倫理観どうなってるんだ」
「だって今の子のほうが顔もスタイルもいいでしょ。私の時代は食べ物も今ほど栄養あるものじゃなかったし、ソフィアの肉体も貧相だった。僧侶ちゃんと顔がそっくりって言ったけど、よく見たらこの子のほうが断然かわいいわ。あ、でも僧侶ちゃんの魂は消しちゃうから、そこはよろしく」
魂が消えるということはつまり、ミアという人格はこの世に存在しなくなる。ラミアはミアを魂の入れ物として扱うつもりだ。そんな勝手なこと、許せるはずがない。
「リュカ、2人で攻撃するぞ。左右から挟み撃ちだ。いいか、冷静になれよ。一歩間違えればミアとは二度と会えなくなる。呪いを解くためにも、殺してはだめだ」
「承知しました。必ずミア様を取り戻してみせます。あの下劣な蛇女から!」
ステラとリュカが臨戦態勢に入っても、ラミアの余裕は崩れなかった。それどころか、ミアの耳の中に舌を入れる始末。
「ぅ…ぁぁ…」
ミアの抵抗は激しくなるが、ラミアの力強い束縛からは逃れられない。
「すみませんステラ様。やっぱり殺してしまってもいいですか」
「お楽しみは呪いを解いたあとに取っておこう。煮るなり焼くなり、爪剥がすなり脳みそ引きずり出すなり、リュカの好きにすればいいさ」
ミアを危険に晒されたことへの、リュカの怒りは相当なものだ。戦いに勝った暁には、ラミアが一体どんな無残な姿にされてしまうのか、想像するのも恐ろしい。




