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先に剣を抜いたのはリュカだった。ミアに巻きついた蛇の胴体が切り刻まれ、弾力性のある塊となって地面に落ちた。
「いきなり斬るなんてひどくない?その蛇、私の体の一部なんだけど」
斬られた蛇は、まだ息があった。胴体から分離した蛇の頭は、力なく舌をちろちろと出して、空気の抜けるような音を立てている。
「ミア様をどうするつもりだったんですか。答えによっては、あなたもこの蛇と同じように、いえ…」
リュカは虫の息だった蛇の頭を踏みつぶした。
「二度と生き返れないように殺します」
ミアは巻きつかれた箇所を押さえ、げほげほと咳き込んでいる。ステラが背中を擦ってやると、しばらくして少し落ち着いた様子が戻って来た。
「蛇にやられたところを見せてみろ」
「だ、大丈夫です、噛まれたわけじゃありませんから」
「いいから見せろ。…ひどいな。くっきり痕が残ってるじゃないか」
蛇皮のまだら模様をそのまま貼り付けたように、ミアの細い首には巻きつかれた痕が残っていた。ステラがその痕に触れようとすると、ミアの首元から赤く小さい稲妻が発生した。
「きゃっ!」
「なんだこれは!おいラミア、一体なにをした!」
「その子は生贄に選ばれたのよ。勝手にどこかに行ってしまわないよう、鎖を着けさせてもらったわ」
「鎖だと?」
「その子には呪いがかかってる。もう私以外が触れることは出来ない。嘘だと思うなら試してみれば?」
そんな強力な呪いをあの一瞬でかけられるとは、到底信じられない。相手を隷属させる類の魔法は、術者がいくら強大な魔力の持ち主でも、術を成立させるのにある程度の時間を要するはずだ。少なくともステラが今まで戦ってきた相手は、みんなそうだった。自称古代の女王などといううさん臭いラミアが、ステラの想像を超える規格外の魔力を持っている可能性は、万が一にも考えていなかった。
呪いが本当かどうか、試してみるしかない。
「おいでミア。私に抱き着いてくれ」
「いいんですか。呪いが本物なら、さっきみたいな稲妻が…」
「私なら平気だ」
ミアが恐る恐るステラの腰に手を回した。
「うぐっ!…っいってぇ…」
先ほどよりも強烈な稲妻がステラの全身を駆け巡った。呪いはやはり本当らしい。触れようとするとラミアの魔法で阻まれてしまう。
「さあ、こっちへおいで。可愛い僧侶さん」
ラミアがそう命じると、見えない鎖に引っ張られるように、ミアの体はどんどん引き込まれていく。
「いや…たすけて…」
「ミア様!」
ミアが伸ばした手をリュカが掴んだ。
「ああっ!」
しかし繋がれた手は、呪いによって離されてしまった。ステラも体験しているから分かることだが、あれは気合でなんとかなるものではない。痛みに耐えてミアの手を掴もうとしても、全身の筋肉がまるで言うことを聞かなくなり、それ以上掴んでいることが出来なくなるのだ。激痛ならいくらでも我慢できる。だが呪いとなると、精神力だけではどうにもならないこともある。
「無駄無駄。私じゃないとこの子には触れないって言ったでしょ」
ラミアの指から生えた蛇はいつの間にか復活しており、シャーシャーと鳴きながら、ミアの頬を割れた舌先で舐めた。
「やっぱりあなた、似てる」
「似てるって…誰にですか」
蛇に噛みつかれるものと覚悟して、ぎゅっと目を閉じていたミアは、ラミアの発言の意図を計りかねた様子で訊いた。ラミアはすぐに生贄の儀式を始めるわけではないらしい。それならば、まだミアを救い出せるチャンスはある。
「私の侍女だった子にそっくり」
ラミアが棺を開けた。中に横たえられたのは、一切の水気が取り除かれたいわゆるミイラだった。これでは性別も分からないが、侍女というからには女だったのだろう。ミアに似ていたというが、その面影はまったく見当たらない。
「それがお前の愛した侍女ってやつか」
「そう。とっても可愛いでしょ」
ラミアは愛おしそうにミイラを撫でた。
「悪いが私には気色悪いミイラにしか見えないな。ミアに似てるなんて失礼だ」
会話で気をそらしながら、なんとかミアを奪還する方法を考える。リュカと2人で戦えば、ラミアの息の根を止めることは可能だろう。しかしラミアを殺してしまっては、ミアにかけられた呪いも解けなくなってしまうかもしれない。ここは慎重にいかなくては。
しかし頭の中で策をめぐらした時間は、ラミアの一言で無駄になってしまった。
「うーん、やっぱり生贄にするのはやめた」




