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服というにはあまりに心許ない薄手の装束に着換えさせられた。体の面積のうち、約8割が隠れておらず、地肌がむき出しだ。キャバレーの踊り子衣装と違ってそこに煽情的なものは感じないが、それでもステラの羞恥心を刺激するには十分だった。
「こ、こんなのが本当にお前の時代じゃ普通だったのか?」
「侍女の恰好はそれがスタンダードよ。壁画とか見たことないわけ?」
ベッドに腰を降ろし、ふんぞり返るラミア。その口元には、女王の品格など一切感じさせない下卑た笑みが浮かんでいる。出会った瞬間から衝突してきたステラとラミア。初めてステラとの関係に明確な優劣が付けられたことに喜びを隠せていない。
「これも金のため、金のため…」
自分に言い聞かせるように、ステラは口の中で何度も呟く。
「あーあ、散々歩いて足が痛くなっちゃったわ。ほら、マッサージして」
履物を脱ぎ、露になった生足を伸ばしてくるラミア。真珠のように白く輝く爪は、褐色の肌の中でひときわ目立っている。
酔った勢いで人の体を揉みしだいた経験は数知れないが、疲れを癒すという目的で誰かの体に触れるのは初めての経験だ。とりあえず筋肉をほぐしてやればいいのだろうか。
「いたっ、いたたたたた!」
足の裏を親指で強く押すと、ラミアがベッドの上でのたうち回った。
「なんだよ、じっとしてろ」
さらに強く押し込む。
「ストップ、ストップ!骨が砕ける!」
足を引っ込めたラミアは、ぜえぜえと肩で息をしながら、ステラに揉まれた箇所を擦っている。長時間の歩行によって蓄積した痛みは、ステラの乱暴なマッサージによって何倍にも増幅された。優位に立ちたいという邪な理由だけで相手を選んだのが間違いだったと、これで分かってくれればいいのだが。
「手を使うの禁止!」
「どうやって手を使わずにマッサージするんだ」
ふふん、と鼻を鳴らしてラミアが足を、まだ無事な方の足を差し出した。
「舐めなさい」
「なっ…」
「なにを驚いているの?私の侍女たちはいつもやってくれてたけど。指の間を、温かい舌でねっとりとね」
「やめろ、想像しただけで悪寒が走る」
人の足の指を舐めるなど、潔癖症のミアでなくても激しい抵抗感を覚えてしまう。魔物を斬った時に出る粘性の液体や血液、頭を割ると飛び散る脳しょうであれば、ステラは散々浴びてきた。口に入ってしまったことも多々ある。確かに汚いものだが、不思議と嫌悪感は強くなかった。魔物を倒した高揚感のほうが勝っていたせいもあるだろう。
しかしこれは…。
「どうしたの?早く舐めなさいよ」
少なくとも400年は眠っていたであろうラミア。足の指にはどんな細菌が溜まっているか分かったものではない。これがミアならいい。リュカでもいい。舐めることに何の抵抗も感じないはずだ。
「お金のためならこれくらいするんでしょ?」
「うっ…うう…くそぉ…」
勇者としての旅を始めて以来、初めてではないか。こんな屈辱的な思いをするのは。
「嫌なら無理しなくていいんですよ。お金なら別の方法で工面すれば…」
「甘やかしちゃダメですリュカ様。誰のせいで私たちの資金が底をついたのかお忘れですか。この人が勝手にギャンブルにつぎ込んだのが悪いんですから」
リュカが差し伸べかけた救いの手を勝手に払いのけるミア。彼女の言う通り、危険を犯してまで呪いのアイテムを探しにやって来たのは、ステラが旅の資金を全部溶かしたから悪いのだが、それにしたって冷淡すぎやしないだろうか。パーティーの家計管理を任されていたのに、無許可でギャンブルに突っ込まれたことをミアはまだ怒っているらしい。
ステラはゆっくり口を開き、ラミアの足に近づいていく。鼻先が親指の爪に触れた。つん、とすえたような臭いがする。見た目は特に汚れているわけではないが、やはり数百年の間に色々と雑菌が繁殖しているのだろう。これを口にくわえるのか?
ステラは勇者だ。覚悟を決めないといけない。戦場では判断の遅さが命取りになる。自分の中の衛生観念が最後の抵抗を見せるのを押しとどめて、ラミアの足の指を口に含んだ。
「はっ…む…んぅ…」
溢れた唾液がラミアの指を濡らし、てらてらと光る。
「ああ…、久しぶりの感覚。懐かしいわ。熱い舌が肌を舐めるこの感触。女王にしか味わえない特権ね」
ラミアが満足するまで息を止めながらやり過ごそうと思ったが、なかなか終わりの気配が見えない。指と指の間。足の裏。くるぶしまで舐めろと、ラミアの要求は続いた。もう息を止めるのも限界だ。
「ん…ふぅぅ…」
発酵した食品を酢漬けにして、腐った肉と一緒に炒めたような悪臭がステラの鼻腔を刺激した。舐めれば舐めるほど、臭いがきつくなっている気がする。涙と唾液が止まらない。
「こんなステラ様見たくありませんでした。ミア様、もう許してあげてはどうでしょうか。私耐えられません」
リュカの震える声が後ろから聞こえてくる。ミアの返答次第では、この屈辱の時間を終わらせることが出来るのだが…。
「ふふっ」と、ミアは笑いをこぼしただけだった。




