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 ステラの脅しも空しく、ラミアの記憶違いによる罠の発動は何度も起きた。床から飛び出してきた槍に刺されかけたり、壁に掘られた人面から毒ガスが放出されたり、それはもう散々だった。わざととしか思えなかったが、もっとも多く被害にあったのがラミアだったため、意図的に発動している可能性は低い。ボロボロになったラミアを見て、ステラの溜飲は下がっていった。

 

 地下の広大な迷路をさまよい続けること約3時間。目的地に到着する気配がしてこないことに、ミアはずっとぼやいている。


 「もう疲れたんですけど。ステラ様、おんぶしてください」

 

 「リュカに頼めばいいだろう」

 

 「リュカ様のお体に負担をかけられるわけないじゃないですか」

 

 「私ならいいっていうのか」

  

 「ん」

 

 ミアが手を開いて、おんぶされる体制に入った。ずるい。出会った頃と比べてステラへの対応が日に日に雑になっているのに、ミアは可愛いから無下にできない。そんな風にねだられてしまっては、おぶってやるしかないではないか。

 

 「しょうがない。乗れよ」

 

 ステラが腰をかがめると、ミアが首に手を回してきた。ミアはとても軽い。片手で持ち上げられるくらいの体重しかない。極端に小食というわけでもないのに、一体食べた栄養はどこに行っているのだろう。

 

 リュカが恨めしそうにこちらを見ているが、ミア本人の希望なのだから、恨まれる筋合いはない。

  

 「どうしてステラ様はいつも汗と血の臭いがするんでしょう。私たちと同じ頻度で体を洗っているはずなのに」

 

 甘えておいて失礼な事を言う厚かましさにも、もう慣れてきた。嫌味ではなく、心から不思議がっているような言い方なので、責めるに責められない。


 

 背中のミアが暢気に寝息を立て始めた頃、ようやくラミアが足を止めた。

  

 「つ、着いた…。もう無理、動けない」

 

 蛇の模様があしらわれたアーチ状の扉には取っ手がついていない。押して開けるのか、それとも横に開けるのか。実際はそのどちらでもなかった。

 

 ラミアが扉に手をかざすと、彼女の指先から伸びた蛇が鍵穴に入り込み、中でゴソゴソと動き始めた。てっきり解錠された扉が開くものだと思って見ていると、刻まれた蛇の模様が蠢きだし、扉そのものが砂のように崩れ去った。

 

 「この部屋は私しか開けられないように出来てるの。セキュリティーは大事だって言ったでしょ」

 

 「ミア、起きろ。着いたぞ」

 

 「…えぇ…まだ眠い…」

 

 幼児のようにぐずる寝ぼけまなこのミアをゆっくり降ろし、ステラは部屋の中に足を踏み入れた。最低限のものしか置いていないラミアの墓室と違い、そこは生活感を感じる空間だった。身動き一つできない棺ではなく、4回は寝返りが打てそうなベッドが部屋の中央に設置されている。ベッドといっても宿屋にあるようなものではなく、ヤシの葉を編み込んで作られた土台の上に、あまり弾力性のなさそうな毛布が敷かれているだけだ。こんなベッドで寝たら腰を痛めてしまうだろう。

 

 ベッドの脇には花瓶が置かれている。花瓶に挿した花が咲いていたのは、一体何百年前の話なのだろうか。今はすっかり枯れて退色しているが、それが元々花だったと分かるくらいの原型は留めていた。


 「ここがお前の生活空間だったのか」

 

 「あの墓室は死んだ後に作られたものだからね。もともと生活してたのはこっちの部屋。あー、懐かしー」

 

 埃っぽい空気を肺いっぱいに吸い込むラミア。よくむせ返らないものだ。

 

 「そこにある棺は?」

 

 部屋の隅には、ラミアが寝ていたものより一回り小さい棺が置かれている。彼女の話だと、生前にこの部屋を使っていたというのだから、棺は必要ないはずなのだが。

 

 「…なんでもない。気にしないで」


 棺を見るラミアは、どこか寂しそうだった。不都合を誤魔化そうと偉ぶっている時よりも、憂いを帯びた今の表情のほうが、女王らしさを感じる。


 「それじゃ、目的の場所にも着いたわけですし、そろそろ例のブツを、ね?ラミア女王様」

 

 ロメオがもみ手をしながら、媚びた声で言った。

 

 「例の…ああ、そっか。あれね。でもここに来るまでに疲れちゃった。生きてた頃は侍女たちに奉仕してもらってたんだけど、久々にあれしてもらいたくなっちゃった。まずはマッサージしてもらおうかな。話はそれから」

 

 ラミアは履物を脱いでベッドに上がった。

 

 「あいにく僕はマッサージの心得がなくてですねえ」

 

 「誰もお前になんか頼んでないわ。ステラ、こっち来なさい」

 

 偉そうに顎をしゃくるラミア。


 「え、私?」

 

 「侍女が全員死んでるんだからしょうがないでしょ。代わりにあなたが奉仕しなさいよ」

 

 「断る」

 

 「呪いの鏡もあげないけどいいの?」

 

 「やればいいんだろ!」

 

 気に食わないが金には代えられない。

 

 「それじゃ、これに着替えて」

 

 チェストをまさぐってラミアが取り出したのは、服というより下着に近いものだった。上半身はさらしのような布。下は腰巻のようなもの。隠すべき箇所だけギリギリ隠れるような、キャバレーの踊り子でも着るのを躊躇するレベルの衣装だ。

 

 後ろでミアが吹き出し、リュカも俯いて笑いをこらえていた。ロメオは満足そうに親指を立てている。

 

 「さっき蹴られたの、忘れてないからね」


 腹部を抑えてニタニタと笑うラミア。助けるつもりでやったというのに、なんて恩知らずな女王だ。 

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