47
「ご無事でしたか、リュカ様!」
梯子を伝って降りてきたミアは、リュカの姿を認めるなり、小走りに駆け寄った。離れていた時間などわずか数分にも満たないのに、まるで一か月ぶりの再会のようだ。将来ミアに子供が生まれたら、さぞかし過保護な親になるだろう。
次いでロメオ、最後にラミアの順番で全員が穴の底に到着した。ラミアは梯子を降りる直前に棺を元の位置に戻したので、墓室から差し込んでいた光は遮断され、3度目となる暗闇に包まれた。
「なんで穴を閉じちゃうんだよぉ」
「戸締りはしっかりしないとね。セキュリティが甘かったせいで魔物に滅ぼされた一族もあるんだし」
用心するに越したことはないが、真っ暗な空間に閉じ込められるくらいなら、魔物に襲われたほうがマシだ。
ラミアが手探りでステラたちをかき分け、列の先頭に躍り出た。
「ここからは私が案内する。あなたたちのお目当ての品は、遺跡の地下深くに隠してあるの。限られた者しかたどり着く方法を知らない秘密の部屋。まあ、私もあそこに行くのは多分…400年ぶりくらいかな?ちょっと自信ないけど、大丈夫でしょ。道順は感覚で覚えてるから」
ステラなんて40分前の記憶も曖昧な時があるのに、400年前などあまりに途方もない。ラミア自身も案内役を買って出た手前引き返せなくなっているが、その足取りには迷いがありそうだ。暗くてラミアがどんな動きをしているかまでは分からないが、数歩進んだかと思うと、また数歩戻ったりしているのが足音から伝わってくる。
「ぜったい道順覚えてないですよね」
ミアの呟きはステラに向けられたものだったが、地下空間では小さい声も反響しやすい。ラミアが声のしたほうを振り向く気配がした。
「はあ⁉覚えてるから。馬鹿にすんな!」
指先の蛇がシャーシャーと吠え、宿主と一緒にミアを威嚇する。
「失礼しました。では私たちはラミア様に付いていきますので、ご案内よろしくお願いします」
「おうよ」
女王らしからぬ威勢のいい返事をして、ラミアが一歩踏み出した。それとほぼ同時に、熱がステラの肌を伝った。
「熱っ!」
熱した鉄の棒を腹に押し付けられるという、ほとんど拷問のような経験を過去にしたことがある。ろうそくの炎に触れるのとは比べ物にならないほど、それは増幅された熱さだった。ステラが体をもたせかけていた地下空間の壁は、その時と同じくらいの熱を持ち始めていた。ミアが誤って触れてしまわないように彼女の肩を抱き、リュカにも壁に触らないように警告する。ロメオには特に何も言わなかった。
「なんだこの壁。てっきり墓室と同じで石造りだと思ってたけど、まさか鉄製なのか?」
「私の時代に鉄なんて無かったわ」
「じゃあなんでこんなに熱くなってるんだよ」
「言い忘れてた。奥の部屋に行くまでの通路には、それはもう凄い数の罠が仕掛けられてるの。私だって把握しきれてないくらいのね。壁がいきなり超高温になるなんて序の口よ」
いくら400年経過しようが、無数の罠の存在を忘れるはずがないだろう。ラミアが意図的に隠していたとしか思えない。こいつ、案内するフリをしてパーティーを全滅させようと企んでいるのではないか。
「お前、騙したな!」
「やめて人聞きの悪い。正しい道順を辿れば、罠は発動しないようになってるのよ。だから私が案内してあげるって言ってるんでしょ」
「でも発動してるじゃないっすか、ねえ?」
ロメオの指摘はもっともだ。ラミアの言う通り、道順を間違えなければ罠が発動しないというのなら、すでに一度間違えているということになる。
「うるさい、無礼者」
「都合が悪くなると女王の威厳出してくるの、なんか逆に小物っぽいすよね」
ステラはうんうんと頷いた。暗闇なので、声さえ出さなければ首を縦に振っていることには気づかれまい。
「女王にだって間違いはある。でも次は大丈夫。もう罠になんてかからないから!」
少し進むと、壁の間からわずかに光が漏れてきた。これで視界が確保できる。暗闇の恐怖から解放されたステラは、ほっと息をついた。
だがラミアの舌の根が乾かぬうちに、二つ目の罠が発動した。
ゴゴゴ、という重たい音とともに天井が落ちてきた。危険を察知したリュカが、ミアの体を抱きかかえて奥へ転がり込んだおかげで、2人は迫りくる天井から逃れることができた。残されたのはステラ、ラミア、ロメオの3人。
「…くっ…やばい、潰される」
馬脚とまで言われた筋肉質な脚で踏ん張り、天井を押さえて上からの圧力になんとか抵抗するステラ。その隙にロメオは安全圏へと逃げ出したが、情けなくも腰を抜かしたのがラミアだった。
「なにやってるんだ、早く行けよ!」
「た、立てない…」
「お前が仕掛けた罠だろうが!」
「私じゃない。やったのは私の配下だもん」
恐怖で褐色の顔が青ざめているくせに、口ごたえだけは一丁前にしてくる。ステラが天井を抑えていられる時間も限られている。こうなったら乱暴だが、力技で切り抜けるしかない。
「悪く思うなよ。お前が道間違えせいだからな!」
ステラは片足を振り上げ、ラミアの腹部を思い切り蹴って吹き飛ばした。
「ぐはっ!」
ステラの狙い通り、ラミアの体は勢いよく吹き飛び、ミアたちがいる安全圏へと到達した。片足を離したせいで支えが半分になり、さらに天井の重さがのしかかる。
「ステラ様、今助けに…」
「来るな!」
リュカがこちらへ戻ってこようとするのを制して、ステラはありったけの力で天井を押し返した。
「おらぁぁぁぁぁ!」
罠を作った側も、人間の力で押し返されることなど想定していなかったのだろう。歯車が噛み合わなくなったようなガチャガチャという音がしたかと思うと、天井が砕け散った。
「ば、化け物…」
蹴られた腹部を擦りながら、ラミアが震えている。蛇と一体化した自称古代の女王に、化け物などと言われる筋合いはない。
「ラミアお前…、次道間違えたら許さんからな」




