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付いてこい、とは言ったものの、ラミアの墓室は袋小路だ。ここに来るまでの道のりに別ルートがあったとも思えない。暗くて湿っぽい階段をひたすら降りてきたわけだが、もしかしてあの途中に分岐路があったのだろうか。そうすると、引き返すためにまた暗闇に戻らないといけないではないか。それは絶対に避けたい。いや、避けなければならない。
ステラは遺跡に入ってから、光の一切届かない暗所への恐怖心と戦ってきた。ミアに手を引かれたりしてなんとか理性を保ってきたが、そろそろ限界を迎えている。もしラミアが階段まで引き返すと言い出せば、ステラはここで留守番を申し出るつもりだ。
だがその心配は杞憂に終わった。
「どうぞこちらへ。遠慮せず入っていってよ。ま、狭い所だけど」
ラミアが棺を押すと、石で出来ているとは思えないほど簡単にそれは動き、下に隠されていた小さい穴が現れた。横幅は大人が体を小さくすればなんとか通れそうなくらいだ。恰幅のいい男性なら、どうあがいても体がつっかえてしまうだろう。幸いにしてこのパーティー唯一の男性であるロメオは細身だ。あまり健康ではないやせ方をしているため、普段から精のつくものを食べていないことが伺える。集めた呪いのアイテムをマニアに売れば儲かると言っていたが、本当に稼げているのだろうか。
「この下に例のものがあるんですか!」
ロメオが目を輝かせて穴を覗き込んだ。
穴の側面には梯子がかけられており、それを下って降りていく必要がある。
「さて、誰が先に降りる?私は入口を閉じる役目があるから最後にするけど」
中に何があるか分からない以上は警戒を緩めるわけにいかない。ステラとしては、安全を証明するためにも、まずラミアに先陣を切って欲しかったのだが。
「じゃあ僕が…と言いたいところなんすけど。ここはリュカちゃんに行ってもらおうかな」
「なんでですか!」
「だって僕弱いし。中に降りて魔物がいたら真っ先に殺されちゃうじゃないですか。僕が出来るのは呪いの解除魔法だけ。戦闘なんてからっきしですよ」
女性を用心棒にすることに何の躊躇いも見せないロメオは、ある意味で清々しい。
「むしろ一番弱いロメオ様がおとりになるべきではないですか?」
リュカを庇おうとするあまり、ミアの発想が人道を外れた。
「そりゃないよ、ミアちゃん。おじさんだからって何言ってもいいわけじゃないんすよ」
戦闘力だけでいえばミアもロメオも大差はないが、ミアの治癒魔法は格上の魔物を殺した実績がある。その気になれば、ステラとリュカ以上の破壊力を発揮するかもしれない。その点ロメオは本人の申告通り、呪いの解除以外の魔法を持っていない。最悪の場合ロメオが襲われても、尊い犠牲だったと黙とうをささげてやることにしよう。
「誰でもいいから早くしてよ。そこの男、うだうだ言ってないで、ちょっとは男気見せたらどう?」
ラミアが棺に体を持たせかけて、焦れた様子でロメオに降りるよう促した。
「ちょ、ちょっとストップ。なんで僕が行く流れになってるんですか」
「往生際が悪いですロメオ様。仮にも年長者なんだから、私たちを守ろうっていう気概くらい見せてくださいよ。ほら、そこに足かけて。怪我したら私が魔法で治してあげます」
一回り以上年下のミアに無理やり穴に押し込まれそうになるロメオ。それでもまだ足掻くのを止めない。
「リュカちゃんは僕に借りがあるじゃないっすか!僕が呪いを解かなかったら、あんたずっとにゃんにゃん言ってたんですからね!」
「にゃっ…なんのことですか」
獣人の呪いで女豹と化していた時の記憶はリュカにはない。恥をかかさないようにステラも黙っていたというのに、保身に走ったロメオが暴露してしまった。助けを求めるようにリュカはステラを見たが、つい目をそらしてしまった。にゃんにゃん言っていたのは事実だし。
「リュカちゃんがあれ以上醜態を晒すのを防いだ恩ということで、今それ返してもらいましょうか。さっ、どうぞ降りて」
「くぅぅ…」
一時的とはいえ、ゲスな男と組んでしまったものだ。呪いのアイテムなんていう危険なものを収集しているのに無事に生き延びているのは、こういうずる賢さと卑怯さのおかげなのだろう。
一段、また一段、ゆっくりと梯子を伝って降りていくリュカ。墓室の中からでは、梯子がどれくらいまで伸びているのか分からない。数メートルの高さならそろそろ底に着いているはずだ。
「おーい、リュカ。大丈夫か」
返事がない。
「リュカ様…?」
ミアの声が震えた。ロメオが危惧していた通り、穴の中に魔物が潜んでいたのではないか。それにしては戦いの気配や音が聞こえないが、リュカほどの戦士が抵抗する間もなくやられるとは思えない。一体中でなにがあったのだ。
「ロメオ、ミアを頼む」
ステラは穴に飛び込んだ。何メートルあるか分からないが、梯子を降りている時間はない。
「せめて命綱くらい…」
頭上でミアがそう叫んでいる声も、すぐに小さくなった。
十メートル、それ以上の高さからの落下も覚悟していた。馬並みの脚力を持つステラとはいえ、骨にヒビが入るくらいはするだろう。
しかし落下を始めて3秒後。すぐにステラの足は地面に着地した。
「なんだ、思ったより浅いな」
足の裏がじんじんと痺れるくらいで、大したダメージもなかった。
「リュカ、どこにいる?」
「ここです、ステラ様」
「えっ、全然元気じゃないか。魔物に襲われたんじゃ?」
リュカの体には傷一つ無かった。周りに魔物の気配もない。
「ちょっといたずらしちゃいました。返事が無ければ、皆さん心配してすぐに降りてきてくれるかと思って」
目を細めて愉快そうに笑い声を漏らすリュカ。それは初めて見る彼女の表情だった。ミアが来る前に、たっぷり堪能しておこう。




