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「ウチの勇者がすいませんでした。女王様、どうかお気を悪くされないでください」
毒蛇に嚙まれて泡を吹くステラから、治癒魔法で毒を除去したミアが頭を下げた。
「女王様っていう呼び方は気に入らない。私以外にも女王はたくさんいるんだし。そうね、ラミアと呼んでもらえる?」
「分かりました、ラミア様」
ミアが丁寧にお辞儀をすると、ラミアは満足そうに目を細めた。
「しかしその女、とんでもないやつだね。いきなり私の寝床に入って来たと思ったら、体を揉みしだくんだもの。スケベな墓荒しかなにか?」
「これでも勇者なんですけど…。そうは見えませんよね。ほらステラ様も謝ってください。ラミア様の前ですよ」
解毒が終わったステラは、不貞腐れたように胡坐をかいた。
「なんだよペコペコして。君は権力に弱いタイプの人間か。女王という肩書だけで偉いってわけじゃないぞ。大体なあ、こいつが本当に女王かどうかも怪しい。自称してるだけの痛いやつなんじゃないか?」
ラミアの装束や王冠はいかにも王族のそれだったが、逆に露骨すぎて怪しい。王族の格好を真似しただけの子供みたいな印象を受けた。そもそも古びた遺跡の最深部、それも棺の中で眠っていたのに、まるで生きている人間みたいじゃないか。水気がなくぱさぱさで、鼻の穴から内臓を抜かれて防腐処理を施されている。そんな見た目ならまだ納得できたのだが。
「どこまでも失礼な!お前、猛毒にやられても反省してないの⁉」
毒蛇を従え、体の一部にまでしてしまうのが女王の素質というのなら、認めてやらないこともない。だがそんな気持ちの悪い能力を見せられたところで、ラミアが女王だという根拠にはならない。そもそも何の女王だというんだ。
「さっきは油断していただけだ。もう一度やってみるか?今度は腕ごと斬り落としてやる」
切っ先をラミアに向けると、ミアが慌てて止めに入った。
「ダメです、落ち着いて。なんでステラ様はすぐ乱暴しようとするんですか。もう少し女性としての礼節をですね…」
「いきなり猛毒をぶち込んでくるのは乱暴じゃないと?」
ミアの治癒魔法がなければ、全身に毒が回って死んでいたかもしれない。ステラがこれまで戦ってきた魔物の中には、強力な毒を持つ種族も少なくなかったが、なんというか濃度が違う。神経に毒が回るスピードが速く、抵抗する間もなく意識が遠のいた。それほどの猛毒ということだ。
「そっちがいきなり私の睡眠を邪魔してきたんでしょ。ねえ可愛い僧侶さん。どっちが悪いと思う?」
ステラとラミアの間に挟まれて、ミアは困ったように2人を交互に見ている。なぜ問答無用でこちらの味方をしない。これまでの旅で育んできた関係は、そんなに希薄なものだったのか。
「もう、2人とも喧嘩しないでください!はい握手。これでもう恨みっこなしです」
ミアが右手でステラの手を、左手でラミアの蛇が蠢く手を取り、お互いに握手させた。
「手汗すごっ」
「蛇きもっ」
ミアの狙いは外れ、2人は握手したままの状態で睨みあった。ステラが腕に力を入れると、ラミアの人差し指から伸びた蛇が苦しそうに喘ぐ。ラミアも負けじと握り返してきたものだから、なかなか2人の握手は終わらなかった。ラミアの握力は、女王としての威厳のない見た目から想像できないほど強く、あやうくステラの指が変な方向に折れ曲がるところだった。
不毛なにらみ合いが終わるのを待っていたリュカが、ロメオに耳打ちする。
「私たちが呪いのアイテムを探しにきたってことは、ラミア様には黙っておいたほうがいいですよね」
「そりゃあもちろん、知られないに越したことはないっしょ。あなたのお宝を奪いに来ました、なんて言ったらどうなるか。僕たち全員、猛毒でコロリですよ」
「ど、毒で死ぬのは嫌だ…」
噛まれるところを想像したリュカが、首筋に手を当てて震える。
「しかし例のブツはどこにあるんすかねえ。棺の中、ちょっと調べてみますか」
喧嘩腰のステラと、あわあわしながら必死に仲裁しているミアのおかげでラミアの注意が逸れている。今がチャンスだ。
リュカは棺の中を覗き込んだ。
「なにかありましたか?」
危険物が飛び出してきてもいいように、ロメオは棺から距離を取っている。
「いいえ、特になにも…」
棺の中に手を入れてみたが、ラミアの体温がわずかに残ったぬくもり以外、何もない。見たら死ぬ鏡など到底入るスペースはなく、諦めたリュカが顔を上げた瞬間。
「なにか探し物?」
リュカの目の前にラミアの顔が迫っていた。
「うわぁ、ごめんなさい!」
リュカが尻もちをつくと、鎧の金具どうしがぶつかり合って激しい音を立てた。
「見つかったか、リュカ。呪いのアイテムとやらは」
「なんで言っちゃうんですか、ステラ様!」
「え、ダメだった?」
「呪いだって…?」
ラミアの指先の蛇が一斉に口を開けて、空気の抜けた音を出し始めた。
「お前たち、一体ここに何をしに来たんだ」
今までで一番女王らしい威厳を感じる、凄みを利かせた言い方だった。しかしそんなものに怯まないのが、心臓に剛毛の生えたステラだ。
「隠していてもしょうがない。ずばり聞くが、お前の持ってる鏡とやらが欲しい。あるんだろ?見たら死ぬという呪いの鏡が」
てっきり誤魔化されるか、口封じのために襲ってくるかの2択だと思ったが、ラミアの行動はそのどちらでもなかった。
「なあんだ、あれが欲しかったの?付いてきな、案内したげる。むしろ処分に困ってたんだよね。持って行ってくれるなら大助かり!」
思ってもみない快諾に、真っ先に喜びの声を上げたのはロメオだった。
「よっしゃ、行きましょう!ささ、ラミア様。連れていってくだせえ」




