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蛇の大群は、一つの塊となってステラに降りかかった。剣で薙ぎ払って対処できる数ではない。到底数えられる量じゃないが、軽く見ただけで50匹は超えている。鋭い毒牙は一匹につき2本。単純計算で100本以上の牙が、ステラの肌に突き刺さるというわけだ。体に穴が空くだけならまだ耐えられたかもしれないが、一斉に猛毒を注入されれば、いくら強靭なステラでもひとたまりもない。
迎え撃つことが出来ないなら、隠れるしかない。しかしどこへ?
「ステラ様、こちらへ、棺の中に隠れてください!」
先ほどから蛇の声に混じってゴリゴリいう音が聞こえると思っていたが、それはリュカが石の棺を無理やりこじ開けている音だった。
「嘘だろ、この中に?」
棺とは要するに死体の入れ物だ。この中には、何百年、もしかしたら何千年も前の死体が防腐処理を施され、眠っているかもしれない。それと一緒に閉じ込められるなんて。
「蓋を閉めれば蛇は入ってこられませんよ。どういうわけか蛇はステラ様ばかり狙っているので、その隙に私が対処しますから!」
「でも蓋閉めたらまた真っ暗じゃん…」
「もー、ステラ様!四の五の言ってる場合ですか!」
蛇の大群から逃れる唯一の手段なのに、暗闇と閉所への恐怖から二の足を踏むステラに痺れを切らし、ミアが背中を押してきた。ステラは頭から棺の中に飛び込まされ、抵抗する間もなく蓋が閉められた。ゴゴゴ、という石が動く重たい音とともに、光が消えていく。今度は手を握ってくれる人は誰もいない。
「ねえ、やだぁ…。蛇に噛まれたほうがマシ。毒ならいくらでも耐えるから!」
ステラの叫びは、空しく石の棺の中で響くだけだった。
棺の中は安い宿のベッドよりも狭い。身じろぎ一つできず、寝相が最悪のステラでも寝返りすら打てない狭小空間だ。暗闇ほどではないが、魔物に幽閉された時のトラウマから閉所に対する恐怖感も強いステラは、脂汗が噴き出るのを止められなくなった。もう開けてもいいだろうか。ちょっとだけ内側から蓋をずらそうとすると、すぐに上から押さえつけられた。
「今リュカ様が蛇を退治してくれてますから、大人しく待っててください。出てきちゃだめですよ」
ステラがすぐに脱出しようとする事を読んでいたミアが、棺のすぐ側でいつでも蓋を抑えられるように待機していた。予想通りに蓋を開いたステラに、ミアが諭すように言う。一瞬だけ差し込んだ光の筋が消え、また暗闇に戻された。
「早くしてくれよ。もうあと一秒だって耐えられないぞ!」
声は外まで届いていないのか、反応は帰ってこない。たとえミアなら、聞こえていても無視してきそうだ。
こういう時は意識を他のものに向けよう。恐怖から無理やり意識を逸らして、気を紛らわせるのが一番だ。
「棺の中って狭いけど、案外寝心地は悪くなさそうだな。なんか柔らかい布でも敷いてあるのか?」
頭から棺に突っ込んだので、うつ伏せ状態のステラ。暗くて何も見えないが、ステラの腹部や胸は、なにか柔らかい物体に押し付けられていた。かつて魔物討伐のお礼に高級な宿屋に泊まらせてもらった事があるが、その部屋のベッドに敷かれていた厚手の毛布は、まさにこんな感触だった。ふわふわで弾力があり、まるで人肌のような温もり。ずっと触れていたいような心地よさ。まさか遺跡が作られた時代にそんな上質な素材があったとは思えないが、ステラが触れているなにかは、その高級毛布を思い出させた。
しかし毛布にしては凹凸がありすぎないか?ステラは腕が動くギリギリの範囲、といっても第一関節しか曲がらないが、出来る限りの動きで、体の下にあるなにかを指でなぞった。稜線型になっている、と思ったら、今度は平面。さらに下に行くと小さな穴が…。
「さっ、触るなぁ!」
「え?」
うつ伏せになっていたステラの下にあるなにかが動いた。というか喋った。
なにかは、ステラの体ごと棺の蓋をこじ開けた。それは開けるというより、吹き飛ばすといったほうが近い開け方だった。
光が戻った視界に映ったのは、黄金色の冠をかぶった女性だった。冠には蛇の模様があしらわれている。
「私を女王、ラミアと知っての狼藉か!か、か、体をいきなりまさぐるなんて、この、無礼者!」
女王を名乗るにはあまりに威厳のないその姿に、驚くよりも笑いが勝ってしまった。
ぷっ、と吹き出すステラ。その喉元に蛇が噛みついた。
「リュカ…全部倒してくれたんじゃ…」
毒は思ったより強く、意識が朦朧とする。
「えっ、倒しましたよ⁉まだ生き残りがいたんですか」
「いやいや、違うよリュカちゃん。あれ見て。ラミアさんだっけ、あの女王様の指から蛇が生えてるんすよ」
ラミアの褐色の指は、5本とも蛇に変身していた。肌とは対照的に、蛇の体は白く、目だけが赤く光っている。シャーシャーと言いながら、5匹の蛇は舌をチロチロさせていた。




