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目を閉じても真っ暗。開いても真っ暗で景色は変わらない。視界を完全に奪われると、果たして自分がそこに存在するのかどうかさえ疑わしく思えてくる。心臓が早鐘を打ち、喉が急速に乾いていくのを感じる。ステラは荒くなる呼吸を抑えようと深く息を吸ったが、拍動のペースはむしろ速まるばかりだった。
幼い頃、まだ剣を握ったこともないような子供の頃に、ステラは魔物に攫われ、そして閉じ込められた。一筋の光も届かない、真っ暗闇の中に。助けを求めて叫ぶ声は厚い石の壁にかき消され、やがて涙も声も枯れてしまった。ボロ雑巾のようになったステラを助け出してくれた人の顔は、覚えていない。でも、小さかったステラの体を抱きしめたその腕の感触だけは、いまだに忘れたことはない。あの日からだろうか。どんな魔物にも臆さず、頼まれてもいないのに敵の巣窟を襲うような戦闘狂となったステラが、唯一暗闇を恐れるようになったのは。
「ステラ様、手を放しちゃダメですよ。自分で言ったんじゃないですか。はぐれないように手を繋いでおこうって」
墨で塗りつぶしたような黒一色の空間から、ミアの声がした。過去のトラウマを思い返しているうちに力が抜け、繋いだ手を放してしまっていたらしい。
「こんなところではぐれたら、二度と会えないかもしれないんですからね。私もステラ様の手汗は我慢して差し上げますから。ほら、しっかり握ってください」
握り返したミアの手は冷たいはずなのに、不思議と温かさを感じる。
「なんだよ、可愛いやつめ!」
ステラはミアの小さな体を抱きしめた。出会ってからまだ数えるほどしか日数は経っていないのに、なんだかミアの体は少しだけ大きくなった気がする。表情は見えないが、抱き着かれて鬱陶しそうにしているミアの姿が脳内に浮かんできた。
こほん、とリュカが咳ばらいをした。あまりベタベタしないでほしいという、控えめな意思表示なのだろう。
闇に閉ざされた階段を降りること数十分。ついに最後の石段を降りきると、わずかながら光が漏れている扉の前に到着した。ずいぶんと久しぶりに、真っ黒以外の色を目にした気がする。
扉には特にロックがかかっているわけではなく、力を込めて引くとすんなり開いた。
「ここがロメオの言ってた女王様とやらの墓室かい?」
「おそらくそうだと思いますよ。よっぽど大事なもんじゃなきゃ、こんな奥深くに隠さないっしょ」
遺跡の最深部というと、煌びやかな金銀財宝が山と積まれているような想像をしていたが、案外中身は簡素だった。部屋の中央には石の棺が置かれており、遺跡の入口に設置されていた大蛇の彫像とそっくりなものが、その周りを囲んでいる。また不用意に近づくと、毒針を発射されかねない。ステラが剣を抜き、どこから罠が襲ってきても対処できるように警戒態勢に入った。
部屋の四隅には鏡が置かれており、対角線上にある鏡をその中に映している。いかにも何か仕掛けがありそうなので、触らないように3人に注意をする。
「絶対に触るなよ。絶対だぞ」
「分かってますよ。真っ先に罠にかかった人に言われたくありません」
さっき闇の中で見せたミアの優しさは何だったんだ。まるで母親のような包容力だったが、今は年頃の娘らしい反抗的な態度に戻っていた。
床にもトラップがないかを検分しながら、リュカが尋ねる。
「ロメオ様が探されている呪いのアイテムというのが何か、まだお聞きしていませんでした。この遺跡に何があると踏んでいるのですか?」
「あ、そっか。肝心なこと喋ってなかったっすね。これは失敬」
ステラとしては金になるなら何でも良かったが、一応聞いておくことにしよう。
「見たら死ぬ鏡です」
リュカがミアの目を両手で覆った。ロメオの発言を聞いてから行動に移すまでにに要した時間は、わずか1秒にも満たなかった。
「なっ、なんですかそれ!見たら死ぬって…」
「そうだそうだ、そういうことは先に言っておけよ!」
ステラとリュカが口々にロメオに食ってかかったが、当の本人は飄々としている。
「だーいじょうぶですって。四隅にある鏡がそれじゃないかってビビってるんでしょ?専門家だから分かるんです。呪いのアイテムが発する禍々しいオーラ、みたいなのが。その鏡からは何も感じませんから」
それでも安心できないのか、リュカはミアを目を覆った手を離さない。ステラと手をつないだ時とは違い、手汗がどうとかの文句は一切、ミアの口から漏れてこなかった。




