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「ミア様、お荷物をお持ちしますよ」
「ひっ!だ、大丈夫です。自分で持ちます!」
呪われていたとはいえ、リュカに誘惑されたという事実はミアの中で消えていなかった。意中の相手に抱きしめられ、甘い言葉を囁かれるなど願ってもないことだが、ミアはまだ少女の年齢だ。恋愛への耐性が十分に備わっていなかった。
ロメオの案内で呪いのアイテムが眠るという遺跡に向かう道中、ミアとリュカは距離感を計りかねていた。
「ミア様、靴ひもが解けていますよ。足をこちらへ。結んで差し上げます」
「あの、自分でやりますから!ほんとお構いなく」
2人の前を歩くステラは、後ろから聞こえてくる会話を聞いてため息をついた。
「なんだよあいつら。煮え切らないというか、聞いててイライラしてくるな」
「あの2人っていつもあんな感じなんすか?」
ステラと並んで歩いていたロメオが、親指を立てて後方を指さす。
「前までは普通だったよ。呪いのせいで積極的になったリュカが、ミアに迫ったのがダメだったんだろうな。見ろよあのミアの顔」
ミアの視線は定まっておらず、頭上の木や地面を這う虫などに慌ただしく向けられている。とにかくリュカと目が合わせられないといった様子だ。
そんなミアにどう対応していいか分からず、リュカも黙りこくってしまった。気まずい。まだ今日はロメオがいてくれて助かった。これがいつもの3人パーティーなら、ステラはさぞかし居たたまれない気分になっていただろう。
「ロメオは見たところ私よりも年上だろ?年長者として何かアドバイスしてやってくれよ。若い二人にさぁ」
「年上っていっても、僕まだ30代前半ですよ。ステラさんとそんな変わらないでしょ」
「は?私はまだ20代だが?」
「前半ですか、後半ですか」
「うるさい、レディーに歳を聞くな」
「答えないってことは、後半っぽいなこれ」
この男、分け前だけもらったら斬ってやる。
舗装されていない山道を歩くこと約2時間。ミアとリュカが黙るせいで、ステラとロメオばかり喋っていると、いつの間にか目的地に到着した。
「はーい、到着。超絶いわくつきのお宝スポット、カヤ・ロカ遺跡へご案内!」
カヤ・ロカ遺跡の形状は、さして珍しいものではなかった。石を積み上げて作られた、よくあるタイプの中規模の遺跡だ。いかにも魔物が住処に選びそうな、ジメジメとした空気に包まれている。石段は苔むしており、天辺まで登ろうものなら、途中で足を滑らせて滑落してしまいそうだ。入口の両脇に番犬のように設置された大蛇の彫像にも、びっしりと深緑の苔が生えている。手入れをする人が誰もおらず、長年放置されてきたのが一目で分かった。
「さ、入ろうか」
「ちょっとステラ様、ダメですって!」
久々に口を開いたミアに腕を掴まれた。
「罠が仕掛けられてるかもしれないんですよ。こういう時は慎重にいかないと」
「なんだよ用心深いな。この遺跡って見た感じだいぶ古いし、罠があったとしても錆びついててまともに作動しないさ。それに大昔のやつらが考えるトラップなんざ、おもちゃみたいなもの。仮に引っかかったところで痛くもかゆくもない」
ミアの腕を軽く振りほどき、ステラは先陣を切って遺跡の入口をくぐった。その瞬間、正面を向いていた2匹の大蛇の彫像が、ぐるりとステラのほうへ顔を動かした。
「へ…?」
獲物に噛みつく直前のように開かれた彫像の口から、針が発射された。ステラは重心を前に移動させ、間一髪のところで避けたが、針の先端が掠めていった毛先が瞬時に変色した。後ろで束ねたステラの髪の一部が腐った果実のような汚い茶色になり、ぽとりと地面に落ちる。
「これはきつい猛毒っすね。ほらー、気を付けないと。ミアちゃんの忠告を無視するからこうなるんすよ」
猛毒によって腐敗したステラの毛髪を拾い上げて、ロメオが暢気に笑った。
「ロメオ様の言う通りです。もし首にでも刺さっていたらどうするつもりだったんですか」
ミアが上目遣いでステラを見上げ、眉を吊り上げる。普段なら小言を言ったあとは、すぐにリュカのところへ戻っていくはずだが、今日のミアは違った。ステラの腕を取って離れようとしない。
「ほら進んでください。でも慎重にお願いしますよ。ある程度の怪我なら私が治せますけど、即死の罠にかかったら手の打ちようがありませんからね」
まるで子供が親に甘えるみたいに、ぴったりと引っ付いてくるミア。あまりの違和感に頬を引きつらせていると、ミアが口を尖らせた。
「なっ、なんですか。私の顔になにか付いてます?」
「あのなあ、ミア。リュカと話すのが気まずいんだろう?気持ちは分かるが、早いところ元の関係に戻る努力をしたほうがいい。こういうのはどちらかが先に歩み寄るべきなんだ。本来なら年上のリュカの役目なんだが、あの調子だし…」
ミアに避けられ続けること2時間。リュカの精神は摩耗していた。頬はげっそりと削げ落ち、普段は綺麗に上を向いている睫毛も、心なしか垂れ下がっている気がする。あれはもうダメだ。
「だからミアから歩み寄ってやれ。少しの勇気があれば大丈夫。ほら、そうやってすぐいじけない。君は魔王の配下をほぼ単独で倒したような化け物だぞ。何を怖がることがある」
あの時のミアも、呪われていたんじゃないかと思うほどに人格が変わっていた。治癒魔法の非人道的な使い方で、マダム・シスルをひん死に追いやったミアなら、リュカとの気まずさを打破することくらい簡単はなずだ。
ミアはこくりと頷き、緩慢な足取りでリュカのもとへと向かった。
「えーと、リュカ様。その、本日はお日柄もよく…」
「あっ、はい、そうですね。ほんとにいい天気で…」
「違うだろうが」
ステラはミアの後頭部に向かって小石を投げた。
「いたっ!」
「リュカになんて言うんだっけ?」
「あの…、なんか今朝からずっと変な空気にしてごめんなさい。リュカ様が呪われていたとは知らず、柄にもなくときめいちゃって。ま、まさかあれが本心なわけないですもんね?呪いのせいで言っちゃっただけですよね。あんな誘惑するみたいなセリフ!」
「そ、そうですよ、ほんと呪いって怖いですよね…はは…」
また沈黙が訪れた。
「もうあの日のことは忘れましょう。また以前みたいに、旅の仲間として楽しくやりましょうよ」
ミアが先手を打ち、リュカに握手を求めた。
「こちらこそ、改めてよろしくお願いします。もう呪いになんてかかりません。必ずや、ミア様を誠心誠意お守りいたします!」
リュカはミアの手を取り、握り返すのではなく、その手の甲に口づけをした。
「なーんすかあの二人」
ロメオが半笑いで呟いた。




