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入店初日とは思えないほど、ミアの働きぶりは素晴らしかった。空いた皿を片づける手際の良さ。一回に膨大な量の注文を覚え、厨房に伝えている。いつもだらしないステラの世話を焼いているおかげで、自ずと身についた能力なのだろう。
「すごいですね、ミア様。先輩の獣人スタッフより動きがいいですよ」
「ミアはなんでも出来るな。僧侶にしておくのが勿体ないくらいだ」
ステラとリュカは、ミアの警護も兼ねて、客として来店していた。もしミアに手を出す輩がいれば、問答無用で叩き切る。騒ぎを起こすとお金がもらえなくなるからダメだとミアにくぎを刺されたが、ステラの片手は常に剣の柄にかけられていた。どうせ金がないから酒も飲めないし、手の置き場所に困っていたところだ。
客に呼ばれたミアが、ステラの真横を通っていく。ニヤニヤしながら見ていると、ミアに睨まれた。接客用の笑顔が一瞬だけ引っ込み、ステラへの非難が込められた眼差しが突き刺さる。誰のせいでこうなった、とその目は語っていた。
「おーい、早くビール持ってこい」
口ひげに顔の下半分を覆われた客の男が、ミアを急かした。
「はーい、ただいまお持ちします!」
声のした方向へミアが顔を向けると、それに合わせて猫耳がぴょんと動いた。どうにも獣人の恰好がリュカのツボに刺さったらしく、テーブルの上で組まれた手に力が入っているのが分かる。もしかしてリュカも、ここの客と嗜好が同じなのではないか。
盆の上に載せたビールを席へと運ぶミア。グラスをテーブルへ置こうと腰を曲げたとき、客の男がミアに足を引っかけた。
「きゃっ!」
ミアはバランスを失い、前のめりに転倒した。盆ごとビールを投げ出し、両手が自由になったおかげで、なんとか顔から床に突っ込むことは避けられたが、宙を舞ったビールが客の頭に思い切りかかってしまった。
「冷てえな。おうおう、嬢ちゃん。どう責任取ってくれるんだ?」
足を引っかけてミアを転倒させた口ひげの男は、まるでミアの過失のような口ぶりだ。
「ご、ごめんなさい。でもお客様が足を…」
「ああ⁉俺が悪いって言いたいのか!生意気な小娘だ」
男が意地の悪いニタニタ笑いを浮かべているのが、口ひげの動きで分かった。空になったグラスをテーブルに叩きつけ、ミアを威嚇する。
ステラが剣を抜こうとすると、リュカが手を重ねて制止してきた。
「なぜ止めるんだ。今の見ただろう?あのクソ男がミアをわざと転ばせた。なのに難癖つけやがって、許さん」
「ミア様にも言われたじゃないですか。私たちの目的は旅の資金を稼ぐことです。乱暴したら、オーナーからお給金の支払いはされなくなります」
「じゃあ黙って見ていろと?」
「いえ、私に考えがあります。ここはどうか、お任せ頂けませんか?」
リュカの口ぶりには、妙な自信があった。ここで暴れて男を叩き切るより、リュカに任せるほうが賢明だろう。ステラと違い、理性的な判断ができる戦士だ。
しかしステラはすぐに後悔することになる。ミアが絡むと、リュカの判断力などステラと同等かそれ以下になることを、この時は知らなかったのだ。




