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 あんなに重たかった金銀財宝入りの麻袋は、一晩で軽くなってしまった。道中で魔物に強奪されたわけでもない。貧しい農民に恵むほどステラに慈悲の心もない。無くなった原因は全てステラにある。

 

 「だから賭け事なんてやめようと言ったんですよ!どーするんですか、ステラ様。旅の資金がすっからかんですよ。今夜のご飯すら買えないじゃないですか!」

 

 夜の酒場にミアの怒声が響き渡る。

 

 「ごめんよ…、勝負運のない勇者で…」

 

 「そもそも勝負に出るなと忠告したはずです。1回負けた時点で引けば良かったのに、次は勝てる、次こそはって何度も何度も。で、なんですかこの結果。あれだけ潤沢にあった資金がゼロじゃないですか!」

 

 ミアが麻袋をひっくり返しても、底に溜まったゴミしか降ってこない。現実を突きつけるように、ミアは空の袋をステラの目の前で振った。

 

 「リュカ様からも何か言ってください。この人、あまりにお金についてだらしなすぎます」

 

 パーティーの家計管理を任されていたミアの怒りはもっともだ。ミアの了承も得ず、勝手にギャンブルに資金を投じたのだから、ステラがこっぴどく叱られるのは当然。むしろ手が出ないだけ優しいくらいである。悲しいほど勝負運に恵まれなかったステラが、資金を全て失うのにかかった時間は、わずか1時間程度だった。その間、宿探しで酒場を離れていたリュカが戻ってくると、この有様。テーブルに突っ伏しているステラと、怒りに手をわなわなと震わせているミア。その光景を見て嫌なものを察したリュカは、ミアの怒りが収まるまで隠れていようと思ったが、すぐに見つかってしまった。

 

 「ほんと信じられないですよね?リュカ様」

 

 「えっと、なんとなく悪いことが起きたのは雰囲気で分かりますが…。もしかして、ですよ?お金全部使っちゃったとか…。いや、まさかそんなことないですよね」

 

 「そのまさかです」

 

 「えっ、じゃあ今夜の宿代も払えないってことですか?せっかく良さげな宿を見つけてきたのに」

 

 怒るミアと対照的に、リュカはしゅんとした表情になった。ステラは突っ伏した顔を上げ、改めて2人に平謝りした。

 

 「ほんとに申し訳ない。ミアの怒りはもっともだ。返す言葉もないよ。あっ、でも一つだけ言わせてくれないか」

 

 「あるじゃないですか、返す言葉」

 

 「あいつ、そこでダイス振ってる男。絶対イカサマしてるから!」

 

 本人に聞こえる声量で叫び、ステラがカウンターの内側にいる細身の男を指さした。酒場にいる客たちの視線が、ステラと男の間を行き来する。

 

 ステラが挑んだギャンブルは、いたってシンプルなダイスを使ったゲームだった。2つのダイスを振り、出た目の数が10以上だったらステラの勝ち。そうでなければ店側の勝ちというルールだ。

 

 「ぜーったいおかしいぞ!片方は6ばっかり出てたのに、もう片方は1とか2ばっかり。全然10を超えないんだよ。確率的には4以上が出てもいいはずだろぉ?」

 

 「お客さん、言いがかりはよしてくださいよ。ウチは公平なギャンブルでやらせてもらってるんでね。小細工なんて一切なし。負けたのはお客さんの運が悪かったってだけです。諦めて帰んなさい」

 

 男は口の端を吊り上げて、いちゃもんを付けるステラを一笑に付した。

 

 「イカサマだ、イカサマだ!」

 

 今にも剣を抜かんばかりの勢いのステラを、ミアが羽交い締めにする。

 

 「お騒がせしてすみません。私たちはこれで失礼します」

 

 「ちょっと待ちな。お客さん、お金に困ってるんでしょう?いい稼ぎ口を紹介してあげましょうか」

 

 男がダイスを振る手を止め、カウンターに両手を付いて身を乗り出した。

 

 「魔物退治の仕事ならいくらでも引き受けるぞ。任せてくれ、私は歴戦の勇者なんだ」

 

 「いえ、あなたには無理な仕事ですよ。野蛮な人には務まりません」

 

 「やっ…」

 

 ステラとて腐っても女だ。下品、横暴、酒乱などは言われてきたが、野蛮は流石に傷ついた。

 

 「それよりも、そちらのお嬢さん」

 

 「私ですか?」

  

 男はミアの目を覗き込んで言う。

 

 「あなたなら、きっと一晩で大金を稼げるでしょう。しばらく旅の資金に困らないくらいにはね。どうします、やります?」

 

 「それはお仕事内容を聞いてからでないと…」

 

 「ミア」

 

 ステラがミアの肩を叩く。

 

 「なんですか」

 

 「頼む、やってくれ」


 「だから仕事内容をまだ…」

 

 「危険なら私が守ってやるからさ。このパーティー始まって以来の財政難なんだ。どうか私とリュカのことも助けると思って」

 

 「誰のせいだと思ってるんですか」

 

 渋るミアにしつこく頭を下げ続けていると、ようやく諦めたのか、大きくため息を吐いたあと「わかりました」と答えた。

 

 「それで仕事内容というのは?」

 

 待ってましたとばかりに、男が地図を取り出した。

 

 「ここから少し東に行ったところに、獣人族をこよなく愛する変態…おっと、変わった趣向をお持ちの方々のコミュニティがありましてね。そこのお店で、ちょいと働いてもらうだけですよ」

 

 「私、獣人じゃないんですけど」

 

 ミアには耳もしっぽも生えていない。体を覆うフサフサの毛皮もない。どこからどう見てもただの人間の少女だ。困ったように眉尻を下げるミアに、男は下品な笑みを投げかけた。 


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