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「あと一袋くらいいけるか?」
貴族たちが築き上げた莫大な財産。マダム・シスルによって巻き上げられていた金銀財宝は、支配者の死亡によって持ち主の手に戻るかと思われたが、その希望は儚く散った。マダムを倒し、街に平和をもたらしたはずの勇者ステラが、財宝を根こそぎ奪おうとしている。麻袋の底が破れそうになるほどパンパンに宝石を詰め、膨れ上がった袋を抱えて満足そうに微笑んでいた。
「こ、この泥棒!それは俺の父の代から受け継がれてきた貴重な宝石なんだぞ。お前みたいな平民が一生かかっても稼げないような価値があるんだ!」
そう叫ぶ男には、かつて貴族だった頃の面影はない。マダムの奴隷となり、ぼろきれ一枚まとったみすぼらしい姿がすっかり板についている。
「だったらなおさら、もらわないと割に合わないな。誰のおかげでマダムの支配が終わったと思ってる」
翡翠色に輝く宝石を太陽にかざして、ステラは眩しそうに目を細めた。
「山賊め!お前なんか勇者じゃない!」
うんうん、とミアが頷いている。街を出る前に、金目の物をありったけ持ち去ろうというステラの提案に、ミアは最後まで激しく反対していた。だがその割には、色が気に入った宝石を2つほど、こっそりくすねているのをステラは見逃していなかった。ドレスを脱ぎ、もとの僧侶服に戻ったミア。ローブの内側が妙に膨らんでいるのは、宝石を隠しているからだ。
喚き散らす貴族の男の頭を、ステラは鷲掴みにした。
「大体なあ、お前らが大人しくしていれば私たちが壊滅的な被害を受けることも無かったんだ。勇者一行を倒せば自由を与えるってマダムに言われて、馬鹿みたいに突っ込んできただろう?あんな簡単なエサに引っかかるなんて、貴族ってやつはやはり頭が悪い。脳みそすっからかんだな」
欲望に溺れ、堕落した貴族の成れの果てみたいな男は、ステラから逃れようともがく。
「お前らが邪魔をしなければ、リュカが骨を折られるような事もなかったんだよ。ミアが治癒してくれたから良かったものの、あの子がいなかったら今頃どうなっていたか」
「私なら大丈夫ですよ。もう気にしていませんから」
ミアの治癒魔法によって元通りになった腕を振り、リュカは貴族を庇おうとした。
「甘いなリュカ。何でもかんでも許してやればいいってもんじゃないぞ。今回一番の被害者は君なんだから、せめてお詫びの品くらいもらわないと。そうだ、これはどうだい?」
ステラは山と積まれた財宝から、青い宝石が埋め込まれたペンダントを取り出した。海のように深く、見た者を吸い込んでしまいそうな青。リュカが先ほどまで着ていたドレスと似たような色合いだ。リュカには青が似合う。
「それはダメだ!持っていくことは許さないぞ!」
貴族の男が叫んだ。よほど価値のあるものなのだろうが、それはステラにとって関係のないことだ。
リュカの首にペンダントをかけてやると、やはり抜群に似合っていた。中性的で美しく、女としての可憐さも併せ持つリュカにぴったりの宝飾品だ。
「もらえませんよ、こんなの。きっと貴重な宝石なのでしょう?」
ペンダントを外そうとするリュカ。黙って盗みを働いているミアと違い、どこまでも誠実な人間だ。ステラはリュカの頭に手を置く。
「リュカ、君には青が似合う」
ペンダントを首から外しかけていたリュカの手が止まった。まつ毛の長い目を逸らし、「そこまで言うなら…」と呟いて、ペンダントを首に掛けなおした。
マダム撃破の収穫として、ステラは麻袋3つ分の金銀財宝を。ミアとリュカは、それぞれお気に入りの一品を手にした。グラン・クチュールを出る直前まで、貴族たちから石を投げられたり、罵声を浴びせられたりしたが、金には代えられない。
重たい袋を抱えながら、ステラは次なる目的地へ向けて、新たな一歩を踏み出した。




