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「いきなり激しく動かしちゃダメです!まだ治りたてなんですから、ゆっくりゆっくり…」

 

 リュカの腕をミアが慌てて抑えた。マダムに左腕を折られ、骨の先端が皮膚を突き破る大けがをしたリュカ。いくら屈強な戦士とはいえ、到底耐えられる痛みではなく、敵前で気絶したことをリュカは激しく詫びている。

  

 「本当に申し訳ございませんでした。ミア様をお守りするのが私の使命だというのに」

 

 「むしろ私がリュカ様の足を引っ張ってたからこうなったんです。私のほうこそごめんなさい。リュカ様おひとりで戦っていたら、あんな攻撃防ぐのなんて造作もなかったはずです」

 

 ミアの治癒魔法により、リュカの腕は元通り。骨と骨はくっつき、穴の開いた皮膚も塞がっている。僧侶としての魔力はそこまで高くないミアだが、治癒という一点に関してはかなり熟練している。並大抵の僧侶では、複雑骨折を瞬時に治すことは難しいはずだ。

 

 傷一つなくなったリュカの腕を、ミアが愛おしそうに擦る。鍛え上げた筋肉と、浮きあがった筋を指でなぞるミア。マダムの残骸と魔物たちの死体が散乱する中で、その2人の周りだけ、妙に甘い空気が漂っている。

 

 邪魔するのは憚られる。ステラが空気を読んで離れようとすると、ミアに呼び止められた。

 

 「待ってください。ステラ様も大けがをされていますよね。治癒しますのでこちらへ」

 

 ステラは腹部にシャンデリアの直撃を受け、危うく内臓が破裂しかねないところだった。日頃から鍛えていたおかげで腹筋が盾となってくれたが、鍛錬を怠っていれば今頃あの世にいたかもしれない。

 

 「ああ、頼むよ」

 

 ドレスを脱ぎ、損傷した箇所をミアに診てもらった。思ったよりも傷は深い。戦闘中は興奮状態で気付かなかったが、致命傷といっても過言ではない。脱ぎ捨てた深紅のドレスは、まるで床に広がった血だまりのようだ。

 

 「うっ…これはかなりひどいダメージ。ステラ様、よくこんな状態で戦ってましたね」

 

 「痛みには慣れてるんだが、さすがにこれは私でも耐え難いぞ。さあ、その治癒魔法できれいさっぱり…」

 

 そこまで言って、マダムの最期を思い出した。筋肉も脂肪もすべて溶かされ、骨と皮だけになったマダム。栄養を吸いつくされた抜け殻のマダムを。

  

 「や、やだぁ!」

  

 ステラは飛びのき、出血が続く腹部を両手で隠した。

 

 「なんですか、動かないでください。治癒魔法は術者と密着してないと効かないんですから」

  

 「もしかして私もマダムみたいに溶けちゃうんじゃないのか?だってほら、酒の飲みすぎで肝脂肪とかすごい付いてるかもしれないし、それ溶かされたら死んじゃう」

 

 「死にませんよ。むしろ健康になっていいでしょ。こらステラ様、逃げないの!」

 

 腹から血を流しながら逃亡を試みたが、あっさりミアに捕まってしまった。光がステラの体を包む。

 

 ミアの魔法を受けている間は、まるで温かい湯に浸かっているかのような感覚になる。思わず眠ってしまいそうなほど心地がいい。これなら、たまにわざと怪我を負って治癒してもらうのもいいかもしれない。


 戦闘で負った怪我から回復した勇者一行。グラン・クチュールの支配者であるマダム・シスルを倒したことで、この街には自由が訪れた。しかし一度滅んだ貴族文化はそう簡単には復興しない。かつては華々しい貴族の街だったが、今はマダムの悪趣味な装飾に染められてしまっている。魔王勢力から土地を奪還した場合、最寄りの大地主にその旨を報告し、新たな管理体制を敷くことが定められているのだが…。

 

 「面倒な手続きはあとだ。その前に奪えるものは全て奪ってしまおう」

 

 ステラの宣言に、ミアが眉根を寄せる。


 「私の聞き間違いだと思うのですが、奪うとおっしゃいましたか?」

 

 「もともと貴族が隆盛を極めた街だろう。マダムが彼らから奪った金銀財宝があるはずだ。3人で持てる量だけ、頂戴するとしよう」

 

 「リュカ様。私たちのパーティーのリーダーが、こんなのでいいのでしょうか」

 

 こんなの、といってステラを指さすミア。リュカは肯定とも否定ともとれない曖昧な首の振り方をしていた。

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