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 「ああ神よ。どうしてあなたは、こんなにも醜悪な生き物をお創りになられたのでしょう」


 あまりにも唐突な挑発に、言われた本人よりも側で聞いていたステラのほうが驚いた。リュカの骨をへし折られたことで、ミアは冷静さを欠いているのか。

 

 祈りのような口調でストレートな悪口をぶつけられたマダム・シスルは、一瞬何を言われたのか分からないといった顔をした。水揚げされて、水圧の変化によって膨らんだ深海魚みたいな唇をパクパクさせている。

 

 「…は?誰に口をきいているか分かってるのかしら?」

 

 「あなたにですよ。マダム・シスル。それ以外に誰がいますか」

 

 「おいミア、刺激するんじゃない。殺されるぞ」

 

 ステラの忠告もミアの耳には届いていない。

  

 「気が変わったわ、小娘。よっぽど勇者があんたにご執心のようだから、あいつをもっといたぶってから目の前で殺してやろうと思ったけど、やめた。まずあんたから殺すわ」

 

 マダムが大口を開く。あれはマダムの咆哮が繰り出される予備動作だ。舞踏室を粉々に破壊する威力の衝撃波を至近距離で食らっては、ミアの体は砂のように崩れ去ってしまうだろう。

 

 「逃げろ、ミア!」

 

 今から逃げたところで射程圏内からは外れない。そう分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。

 

 ドレス越しにも分かるほど、マダムの肺が膨らんだ。まさに咆哮が繰り出される、その瞬間。 


 ミアがマダムの喉に手を突っ込んだ。


 「げえっ!」

 

 いくら強靭な魔物だろうが、喉に手を入れられると反射的にえづいてしまう。ミアが手を引っ込めると、マダムの口から胃液まみれの吐しゃ物が吐き出された。ステラもよく二日酔いで嘔吐しているが、それとは比べ物にならない悪臭が漂う。一体何を食べたらこんな臭いになるんだ。

 

 マダムの吐しゃ物が若草色のドレスを汚すのも気に留めず、ミアは再び手を突っ込んだ。

 

 「ぐ、ぐぇ…!」


 胃の内容物を出し切ったマダムからは、胃液の残り汁みたいなものが出てくるだけだった。

 

 「こ、この小娘!自分が何してるか分かってるの?」

 

 口元を拭いながら、目に濁った涙を浮かべたマダムが吠える。

 

 「私、僧侶なんです」

 

 ミアの返答は、質問の答えにまるでなっていない。


 「怪我だけじゃありません。病気の人を治すのも僧侶の務めなんです。マダム・シスル。あなたは不健康な食事ばかりしてきたのでしょうね。だからこんなに醜くなってしまわれたんです。ああ、お労しい」

 

 確かにマダムの体型は、一日3食脂っこい肉を食べ続けても、普通はこうはならないだらしなさだ。不摂生なんてもんじゃない。だがステラには、ミアがこの場でマダムの健康について話す意味が分からなかった。

 

 「私は醜くなんてないわ。華の王国、グラン・クチュールの支配者なのよ。私こそが華そのもの。センスの欠片もない小娘が偉そうに!」

 

 「マダムのお召し物は本当に素敵だと思いますよ。だからこそ、その美しいドレスが似合う体にしてあげます。僧侶の魔法で、あなたの不健康な体も元通りに…」

 

 「ちょ、ちょっとなによ。なにするのよ!」

 

 ミアが胸元で祈るように手を合わせると、温かな光がマダムを包んだ。光の中で、マダムのシルエットが変わっていく。徐々に徐々に、細くなっている。嫌というほど付いた贅肉が、ミアの放つ光によって溶かされていくみたいに。

 

 「あ…あああ…」 

 

 光が消えると、そこに現れたのはマダムではなかった。いや、マダムではあるのだが、とても本人とは思えない体型をしていた。奴隷にされた貴族たちに負けず劣らずの、骨ばった体。頬肉に押し上げられてほとんど見えなくなっていた瞳が、今はハッキリ見える。

 

 「何の病気か知りませんけど、治癒完了です。良かったですね、マダム。これでドレスが似合う素敵な女性になれましたよ」

 

 その日、ステラは思い知った。治癒魔法こそ、使いかたを誤れば、最も殺人的な魔法になることを。

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