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半ば亡者と化した貴族たちによって動きを封じられたリュカに、マダムの攻撃を避けることは出来なかった。ピンクの布が、リュカの足に、手に、そして首に巻きつく。ステラ自身も、その恐ろしさは身をもって経験していた。一度巻きつかれたら最後。人の骨など、簡単にへし折ってしまう威力を持っている。リュカもステラ同様に鍛え上げられた肉体をしているとはいえ、貴族に群がられている状況では分が悪い。筋肉に力を入れて、布が締め付ける力に抵抗することもままならない。
「うっ…くっ…」
「待ってろ、今助けてやる!」
リュカを締め上げる布を断ち切らないと。このままでは、もってあと数秒だ。
うごめく貴族の群れをかき分けて進み、リュカのところまであと少しというところで、マダムがまた吠えた。何度目かになる衝撃波が舞踏室を襲う。瀟洒なデザインの面影は失せ、もう壊れるものなどないと思っていたが、一つだけ見落としていた。
吊り下げられたシャンデリアが天井を離れ、ステラめがけて落下してきた。悪趣味なほどに煌びやかな黄金色の塊が迫ってくる。剣で薙ぎ払うか?いや、それでは飛び散った破片がミアとリュカに刺さるかもしれない。ガラスが目に入りでもしたら大変だ。
受け止めるしかない。自分の体の何倍もある物体、しかも落下による運動エネルギーが加わっているシャンデリアを受け止めるのは無謀にも思えたが、感覚で生きている勇者の判断力なんてそんなものだ。
「ぐふっ!」
ステラの咄嗟の判断により、周囲への被害は最小限に抑えられた。ミアたちを破片が襲うこともなかったのだが、問題はステラへのダメージだ。花のように広がるキャンドルとクリスタルの中心にある軸、その先端部分がステラの腹部に突き刺さった。幸いにして貫通はしなかったが、内臓が損傷したのが嫌でも分かる痛みだ。
勝ち誇ったマダムの高笑いが聞こえる。
こうしている間にも、リュカに危険が迫っている。早くあの拘束を解いてやらないと…
ステラはシャンデリアを体から引き離し、血が止めどなく溢れる腹を抑えて立ち上がった。
しかし、助けに行くには遅すぎた。
ミシッ、という乾いた音は、騒然となっている舞踏室の中で、なぜか明瞭に聞こえた。
「ぁああああああああっ!」
リュカの悲鳴が上がる。彼女の利き腕である左腕が、マダムの布に締め付けられて、へし折られてしまったのだ。
軟体を持ち芸とする見世物小屋の芸人でも、絶対に出来ないような曲がり方をするリュカの腕。折れた骨の先端が皮膚を突き破っている。
ミアが叫んで駆け寄ろうとしたので、ステラはそれを押しとどめた。
「行くな、危険だ。ミアまで骨を折られるぞ」
「放してください、リュカ様が!」
普通の人間なら、あまりの激痛に気を失っているところだ。しかしリュカは、額に脂汗を浮かべ、敵意全開の目でマダムを睨んでいた。食いしばった歯の隙間から、フーッと猛犬のようなうなり声を上げている。
「しぶとい連中ね。嫌になっちゃうわ。もう舞踏会はお開きなのよ。とっとと死になさい!」
ウインナーほどの太さがある指が生えた手を握るマダム。左腕だけでは飽き足らず、四肢を全部折るつもりだ。そして最後は首。完全にリュカの息の根を止めにかかっている。
リュカの口から泡が漏れ始めた。攻撃をやめさせようと、ステラがマダムに向かって飛びかかった刹那。
それまで叫んでいたミアが急に静かになった。がくんと首を垂れ、緩慢な足取りで、しかし着実に一歩一歩、マダムへと向かっていく。
「ミア、戻れ!」
ステラの声も届いてない。
僧侶の小娘には何もできないと、マダムも分かっている。仮にも敵であるミアが目前に迫っても、マダムは一瞥をくれただけで、攻撃しようとはしなかった。
それが、マダム・シスルが犯した最大のミスだったのだ。




