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 状況は3対1。今度はマダム・シスル側が数で負ける形となったが、彼女の目には一切の恐怖も諦めも浮かんでいない。あるのは憎悪。自身の主催する舞踏会を台無しされたことへの怒りと憎しみだけだ。部下たちの残骸が織り成す死屍累々の光景には目もくれない。

 

 「下品、下品、下品だわ!その醜い姿で二度と私の前に立てなくしてやる!」

 

 無数の針が空中に浮かぶ。初めてマダムと戦った時と同じ攻撃だ。ステラにとって避けるのは造作もない。そのはずだったのだが…。


 「…いったぁ!」

 

 降りかかる針の軌道を読んで動いたはずが、ステラの太ももに数本、深々と突き刺さった。皮膚に空いた穴から激しく流血しているのは感覚で分かるが、深紅のドレスを着ているせいで、脱いでみないと出血量が分からない。あとでミアに治癒してもらえば済む話とはいえ、そのミアまでやられてしまってはまずい。なんとかミアだけは守らないと。

 

 「馬鹿ね、一度避けられた攻撃なんだから、対策してるに決まってるでしょう?ちょいと軌道を変えたのよ。見事に引っかかってくれたわね。どう、痛いでしょう。刺すような痛みでしょう?」

 

 刺すような、というか刺さっている。アルコールで痛覚が少し麻痺しているから良かったものの、シラフの時に同じ攻撃を受けていれば、激痛に絶叫していたかもしれない。

 

 ステラは太ももに刺さった針を、力任せに引き抜いた。針には返しが付いていたようで、抜くときに皮膚の下の組織を抉り取っていった。マダムらしい、嫌らしい仕掛けだ。

 

 「ぐぅぅ…、容赦ないな、この豚」

 

 「この期に及んで、まだ生意気な口がきけるなんてね。ほんとお下品。殺す前にその口、縫い合わせてあげるわ」

 

 再び針がステラを襲う。しかも、マダムの宣言通りに口元をめがけて。


 ステラは腕を盾にして、口元を守ろうとした。顔に針をぶっ刺されるくらいなら、腕のほうがまだマシだ。

 

 「お下がりください!」

 

 リュカが剣を振るい、弾丸のような速度で飛んでくる針をすべて弾き落とした。いやはや、見事な剣捌きだ。カランカランと乾いた音を立てて、針が床に落ちる。

 

 「ステラ様らしくないじゃありませんか。やはり酔いすぎですか?」

 

 「言い訳はしないよ。私もさすがに反省した。敵地で酒なんて飲むもんじゃないな」

 

 頭がふらっとするのは、出血多量によって意識が遠のいているからと思っていたが、多分シャンパンのせいだ。実はそんなに出血してないのかもしれない。

 

 マダムの咆哮が、舞踏室の壁を破壊した。ご自慢の装飾品もすべて粉々だ。さぞかし高かっただろうに。

 

 壊れた壁の向こうに広がっていた光景に、ミアが息をのむ。

 

 「な、なんですかあれ…」

 

 煌びやかな舞踏室の隣に、まさかこんな恐ろしい空間があったとは。そこには、かつてグラン・クチュールで暮らしていた貴族たち、今はマダムの奴隷と化した人間たちが、鎖に繋がれていた。貴族であった頃の高貴さと、鼻持ちならない高慢さの面影はなく、ぼろきれ一枚を纏った姿はとても痛々しい。

 

 マダムが肉の垂れ下がった腕を振り上げると、彼らを拘束していた鎖が弾けた。一体何年間繋がれていたか知らないが、もはや歩き方すら忘れたように、貴族たちは力なくその場に倒れこんだ。骨と皮だけになった体を見るに、体力なんてほとんど残っていないのだろう。

 

 「ぼけっとしてるんじゃない、奴隷ども!あの3人を捕えなさい。あいつらを殺せた暁には、あんたらは自由の身にしてやる。喉から手が出るほどに欲しい自由だろう?さあ行け!」

 

 落ちくぼんだ目に、すっかり抜け落ちた頭髪。ミイラと見まごう姿の貴族たちが、自由という言葉を耳にした瞬間、うめき声を上げながら向かってきた。

 

 「一般人を使うなんて卑怯な。私たちが攻撃できないことを知ってのやり方ですか」

 

 リュカが吐き捨てるように言った。

  

 「まったく、下品なのはどっちだよ。しかし困ったな。もうほとんど魔物みたいになってるが、さすがに人間を斬るわけにはいかないし…」

 

 ステラとリュカは、ミアを庇うようにしながら一歩後退する。

 

 自由を求める貴族の動きは、その見た目から想像できないほど速かった。うわ言のような意味のない言葉を叫びながら、貴族のうちの数人がリュカの足に掴みかかった。リュカの中にある騎士道精神が、一般人を攻撃することを拒んでいる。足を振りぬいて貴族を追い晴らそうとするが、骨と皮だけのくせに力が強い。これが火事場の馬鹿力というやつなのだろうか。

 

 「斬れとは言わないが、叩くくらいならいいだろ!」

 

 「いやしかし…」

  

 「ええい、まどろっこしい。私はやるぞ!どうせこいつら、意識なんてあってないようなもんだ!」

 

 ステラはヒールのつま先で、貴族の男の顎を蹴り上げた。首の骨は相当ボロボロになっていたらしく、ポキンという小気味のいい音とともに、男の首があり得ない方向に曲がった。

 

 「こいつ弱すぎだろ。乳児でももう少し首が座ってるぞ」

  

 勇者による一般人殺害がいとも容易く行われた時、貴族に両足を掴まれたリュカへ向かって、ピンク色の布が飛んでいった。

 

 まずい。あれは魔女の首をへし折った悪魔の布。

 

 「リュカ、危ない!」

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