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三人の視線が一斉に無人のオルガンに向けられた。
「…今だれか弾いた?」
「私じゃありません。チロルのいたずらじゃないですか」
「チロルはここを動いてませんよ」
ステラたちの間に訪れた沈黙を、再び鳴り響いたオルガンの音が破る。
「ひっ⁉ミア頼む、今だけ盾になってくれ!」
ミアの小さな背中に隠れたが、ステラの体はほとんど隠しきれていない。
「ちょっと、どうしたんですかステラ様。まさかとは思いますけど、ビビッてるんじゃないでしょうね!」
「だって霊的なやつだろ!」
「だとしてもですよ。勇者が霊を怖がってどうするんです」
「実体がある敵ならいいんだよ。剣で斬れるからさ!でも霊的なやつって太刀打ちのしようがないじゃん。そういうのほんと無理。理不尽だし不条理だし普通に怖い」
ミアが呆れたようにため息をつく。
「なんだよ、ミアは怖くないのか⁉」
「私は普通にドラゴンとか魔物とかのほうが怖いんですけど。幽霊ってこっちが触れられないなら、向こうも危害加えてこられないじゃないですか」
「そうとは限らんだろ!怖くないならミアが倒してくれ!」
勇者の威厳など捨て去り、目の前の不可解な現象に怯えるステラ。その頭をチロルがぽんと軽く撫でてきた。
「大丈夫ですよ、ステラお姉さま。あれは霊的現象じゃありません。教会の中は湿っぽいですし、急に外の空気が流れ込んだことでオルガンの木材部分が膨張したのでしょう。それでひとりでに音が鳴ってるだけです。幽霊の仕業じゃありません」
「ほんとか…?」
「よくある現象ですよ。お師匠さんから教わったんです。霊的なものの仕業だと恐れられている事の大半は、原因を究明すれば説明がつくって」
師匠の受け売りにより、チロルはパーティー随一の知識を有している。ベタベタされるのはうっとうしいが、今はチロルの背中が大きく見えた。
「チロルの説明が確かなら、木材の膨張や収縮で音が鳴ってるだけってことですよね。なら曲を奏でることはできないはず…」
ミアが余計な事を言った途端、オルガンが音楽を奏で始めた。明らかに見えない手が鍵盤を弾いている。
「チロルの嘘つき!絶対霊的なやつじゃん!」
「いやはやこれは…、偶然で片付けるには無理がありますね」
なぜミアもチロルも冷静でいられるのか不思議でしょうがない。二人とも魔法という超自然的なものに触れているから、理屈で説明がつかない現象をすんなり受け入れられるのかもしれない。剣と肉体しか武器のないステラにしてみれば、到底受け入れがたい現象なのだが。
「どうしますチロル。曲が終わるまで待ってみますか?」
「最後まで聞いたら死ぬタイプの呪いでなければいいのですが」
「その可能性もあると?」
「なんとも言えません」
冷静な二人の後ろで、ステラは半狂乱になっていた。
「そんな呪いで死ぬくらいなら、さっきの蛇に噛まれて死んだほうがマシだ!」
「うるさいですよステラ様。今対策を考えてますから静かにしててください」
「チロルの魔法で眠らせましょうか」
「さっきみたいに蛇とか魔物が襲ってきたら怖いので、用心棒として起こしておいてください」
「了解です」
調律の狂ったオルガンが奏でる音楽は、それ自体が呪いの力を持っているかのような気味の悪さだった。ステラは耳をふさいだが、少し音量が小さくなるだけで、音楽は脳まで響いてくる。
「チロルはいい事考えましたよ。オルガンを破壊してしまえばよいでのは?」
「根本的解決になるかは分かりませんけど、いったん音は止むでしょうね」
「ではちょっくら魔法をぶっぱなします。ミアちゃん、危ないのでどいてて下さいね」
チロルの杖から放たれた雷がオルガンを木っ端みじんに粉砕した。
「音が…止まった…?」
ステラは恐る恐る耳から手を放した。
「最初からこうすれば良かったんですよ。しかしステラお姉さまの可愛い姿を見られたので、幽霊だとしてもナイスと言わざるを得ませんねえ」
チロルの魔法はオルガンを吹き飛ばすだけでなく、教会の壁も突き破っている。風通しのよくなった部分から外へ出てみると、教会の裏手には小さな農園があった。




