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早朝にステラを目覚めさせたのは小鳥のさえずりではなく、ミアの泣き声だった。窓の外はまだ暗く、隣で眠るチロルはミアのすすり泣きなど気にせず夢の中だ。ステラのいびきがうるさいからと、宿に泊まる時は必ず部屋を分けるようミアに言われてからはや数か月。リュカが一緒だから大丈夫だろうと再び眠りに着こうとしたが、ミアの泣き声が止む気配がない。
宿の廊下に出ると、部屋の前でミアがうずくまっていた。
「…どうしたミア。こんな朝早くに。お腹でも痛いのか?」
顔を上げたミアは、目を真っ赤にして泣き腫らしていた。
「私は何もできない無力な僧侶です。どうぞ私を役立たずと罵ってください」
「寝ぼけてるんだな。まだ朝まで時間があるんだから、ベッドに戻ってゆっくり休め」
「違います!深夜からリュカ様が熱にうなされて、それで私が治癒魔法で治そうとしたんです。でも全然ダメで…。ああ、私が未熟なばっかりに」
「なんだ熱くらい。酒飲んで一晩寝たら治るって」
「ステラ様と違って繊細なんですよ、リュカ様は!」
病気の原因となる菌は、浴びるほど酒を飲むことで滅菌できるとステラは信じている。実際これまで、体調不良はすべて酒で誤魔化してきた。二日酔いになってしまえば、病気による不調なのか酒による不調なのか脳みそが混乱してしまい、吐いてすっきりしたらどっちも
治るというのがステラ流の治療法だ。
「ミアの魔法が効かないなんて、よっぽど重たい症状なんだな」
「こ、このまま治らなかったらどうしましょう⁉」
「落ち着け。力になれるか分からんが、私に見せてみろ」
部屋に入ると、ベッドの上でリュカがうなされていた。顔は茹でられたように真っ赤で、全身からひどい量の汗をかいている。力なく開かれた口からは、苦しそうな吐息が漏れていた。
「こりゃ重症だな」
「昨日ベッドに入るまではなんとも無かったのに、夜中になって急に熱が上がったんです。氷枕を乗せてもすぐに溶けちゃって、宿屋の主人ももう在庫がないって」
リュカの額に触れてみると、まるで熱した鉄のような熱さだった。
「あっつ!」
「し、死にませんよね?リュカ様を治す方法はありますよね?」
「私に聞かれてもな…。チロルなら何か知ってるかも。あいつを起こしてくるよ」
自分たちの部屋に戻り、ぐうすかと寝息を立てるチロルを叩き起こす。
「おいチロル、起きろ」
「ん…もう朝ですかぁ…」
「いやまだ朝じゃないんだが、緊急事態だ」
「緊急事態と言われる事の多くは、実際そこまで急ぎでもないのです。一日くらい放置しても問題ないと、お師匠さんから教わりました。なのでチロルは寝ます。おやすみなさい」
「いいから来い!」
チロルが被りなおした布団を引っぺがし、ミアたちの部屋に引きずっていった。
「リュカがひどい状態なんだ。ミアの治癒魔法も効かないみたいだし、私たちじゃ手の打ちようがないんだよ。チロルはなにか解決策を知らないか?」
チロルは半開きの瞼を擦りながら、熱に浮かされているリュカを覗き込む。
「あー…これは病気の類ではありませんね。呪いです、呪い。お師匠さんが呪いのアイテム集めて売る商売やってるので詳しくなったんですが、いやはや、こいつは厄介ですよ」
「呪いって…。それじゃどうやって解除すればいいんですか!」
ミアがチロルの肩をつかんで激しく揺さぶる。
「残念ながらチロルには呪いを解く事はできません。お師匠さんなら可能でしょうが、先日からどこかへ出かけて以降姿を見せていません。お師匠さんは一度出かけるとなかなか帰ってこないので、あの人を探すよりも呪いの特効薬を調達したほうが早そうですね」
「特効薬って薬草とかですか!どこに、どこにあるんです⁉」
「さあ…」
「役立たず!」
ミアがリュカに覆いかぶさって、また泣き始めた。
「大体なんでチロルはそんな冷静なんですか!リュカ様がこんな苦しそうにしてるのに!」
「だってえ、大した呪いじゃないんですもん。むしろその呪いって、人生で最も幸福だった時の夢を見るやつなんです。現実を直視したくない人が生みだした呪いなんでしょ」
「嘘つき!こんなにリュカ様が辛そうなのに」
「ほんとに辛そうに見えますか?」
チロルがリュカの腕に視線を落す。
リュカの手はベッドのシーツをぎゅっと掴み、足を内股に閉じて小刻みに震えている。
「リュカ様は今、幸せだった過去の瞬間に囚われているんです。そしてこの反応を見る限り、誰かに愛を注がれている瞬間ではないでしょうか?」
「そう言われると、苦しそうに聞こえてた吐息も違う感じに聞こえてくるな」
実はステラは最初から思っていた。苦しいというより、快楽に身悶えしているような声だと。体が熱を帯びている事にも説明がつく。
「嘘だと言ってくださいリュカ様。そんなわけないですよね?普通に苦しんでるだけですよね?」
「く…」
「なんですか、何か言いました?」
「クローディア…ダメです、これ以上は…ん…公爵に見つかって…ぅ…」
ミアがすっと立ち上がり、ベッドを蹴った。
「誰ですか、その女!」




