205
「魔法なんて荒唐無稽なもんだと思ってたが、それにしたって限度があるだろ。溶けたファリナの死体を舐めてヘルガが息を吹き返すってどういう仕組みだよ!」
「覚えてますか、ステラお姉さま。チロルが以前、死んだミアちゃんを生き返らせるために使った、命の等価交換の魔法」
「中途半端に成功してお前の寿命がごっそり減ったやつか」
「あれと同じですよ。おそらくファリナお姉さまの命と引き換えにヘルガが復活したのです」
「ファリナはもう死んでたじゃないか」
確かにこの手でファリナを斬った。いくら丈夫とはいえ、全身血まみれなうえに臓物もズタズタに引き裂かれた状態で生きているはずがない。しかもそのあと、ファリナはシャルロによって溶かされたのだ。
「生命としての活動は停止しても、魔法使いには魔力が残っているのですよ。といっても残滓程度のものですが、魔力だって魔法使いにとっては体の一部。それ即ち、体が千切れようと脳みそぶちまけようと、魔力さえわずかに残っていれば完全に死んだことにはならない…とチロルは考えます。いや、そうでも考えないと説明がつきません」
「気持ち悪い生態だな、お前ら魔法使いって」
液状となったファリナを啜り終えて復活を果たしたヘルガからは、立っているだけで空気が振動するような圧を感じる。魔法など特別な力を持たず、腕っぷしの強さだけで魔王軍を追い詰めたという伝説の戦士。にわかには信じられなかったが、本人を目の前にして、噂が決して大げさではないのだと気づかされた。
「おぉ、こりゃすごい。あのネラ様が怖がるわけだよ」
「お前の目的はヘルガを抹消することじゃなかったのか!復活させるなんてどういうつもりだ」
「手段はなんでもいいんだよ。結果的にネラ様の脅威にならなければそれでいいんだから。あのヨボヨボのまま死なせておいてもよかったけど、ファリナっていうちょうどいいエサが転がってたから復活させて、魔王軍の手中に収めたってだけ。ええと、名前なんだっけ。そうそう、ヘルガ。お前は今から僕の操り人形だよ。そこの勇者さんと魔法使い、サクッとやっちゃって」
シャルロに操られているヘルガに本人の意思はないはずだが、久々の戦いに心が躍っているかのように目を輝かせている。
「くそっ、結局こうなるのか!」
「気を付けてください、相手は伝説ですよ、伝説の戦士!」
「分かってるよ!確かに噂通りやばそうだが、まだ寝起きで本調子じゃないはず。今のうちに隙をついて…」
後方でドサリと何かが倒れる音がした。
目の前からヘルガが消えている。伝説の女戦士が握っていた剣が、チロルの腹部に深々と突き立てられていた。
「チロル…!」
ステラの背中に冷たい汗が流れ落ちる。
見えなかった。ヘルガがステラの後方に回り、チロルを刺すまでの動きが一切目で追えなかったのだ。
勝てない、と本能が悟る。




