201
ファリナが自らの意思で魔族に魂を売り渡し、人間としての生命を終えた。その事実にステラの理解はまだ追いついていない。ほんの少し前まで駆け落ち相手とのろけ話に興じていたファリナが、今はもう自分たちと別の生き物とは、にわかに信じがたい話である。
「ほんの無駄に丈夫なんだから、ファリナは。んー、困ったな。ネラ様にどうやって報告しよっか」
恋人、いや、シャルロからすれば遊び相手ですら無かったのかもしれないが、仮にも駆け落ちした相手が魔族になったというのに、シャルロは興味なさげだ。
「ファリナ、私の声が聞こえるか?聞こえるなら返事してくれ!」
ステラの呼びかけにファリナが応じる様子はなく、口から白い息を吐きながらこちらを睨んでいる。
「どうやら話が通じる雰囲気ではありませんよ」
「だが攻撃してくる気配もないぞ。まだ人間の心が残ってるのかもしれない。今から戻す方法は知らないか?」
「あいにくチロルはそっち方面の知識がなくてですね。魔族とあんな感じに…、激しく交わることで魂の取引ができるなんてのも初めて知りました。一度ああなった以上、人間に戻すっていうのは無理だと思いますよ。魔法だって万能じゃないのです」
「お前の師匠ならどうにかできないか?」
「お師匠さんがどこに出かけてるのか知らないですが、ここに呼び出すのは得策ではないですよ。チロルは付き合いが長いから分かるんです。多分今のファリナお姉さまにお師匠さんを会わせたらどうなるか。きっとこの状況を笑い飛ばしながらファリナお姉さまを殺しますよ」
「殺すってそんな…」
ステラの脳内にヘラヘラ笑いながら魔法を放つロメオの姿が浮かんだ。ロメオはファリナをいけ好かないやつだと嫌っていたが、いくら嫌いだからといっても相手は人間。できることといえば口喧嘩くらいだ。
しかしファリナが魔族だとしたら、殺すための大義名分をロメオに与えてしまう。確かにチロルの言う通り、彼をここに呼び出すのは悪手と言えるだろう。
「やめとこうか」
「そうしましょう」
ファリナに敵対の意思がないのなら、このままお引き取り願いたい。ステラとて無用な血を流したくはなかった。シャルロと一緒に魔王城に帰って、好き放題イチャイチャすればいい。シャルロにそのつもりがあるかは別だが。
妙齢の魔族を引き取って帰ってくれ、とシャルロに言いかけたその時、ファリナが魔法の杖をへし折った。そして手のひらをステラたちに向けてかざすと、どす黒い閃光が放たれた。
「なっ…!なにすんだてめえ!」
間一髪のところで地面に転がって避けたステラが、ファリナに吠える。
「危なかったねー勇者さん。今の当たってたら即死だったよ」
シャルロがけらけらと笑っている。
「即死…。ファリナ、どういうつもりだ!」
ファリナは口をだらりと開けたまま、答える代わりに再び手をかざす。
「また撃つつもりだな。させるか!」
ステラは崩壊した岩壁の破片を拾い上げ、ファリナの手に向かって投げつけた。ステラの剛腕から繰り出される投擲は、そこらの魔法よりはるかに破壊力が上だ。狙いからわずかに外れたが、小石はファリナの薬指を根こそぎ吹き飛ばしていった。
手のひらから出力されかけていた魔法が収まり、ファリナは4本指となった手をじっと見つめていた。
「杖使わなくても魔法って出せるのかよ」
「高い魔力を持つ人なら可能ですよ。お師匠さんだって杖持ってますけど、あれファッションです。いつもポケットに入れてるから、くたくたに曲がっちゃってるでしょ。まあファリナお姉さまのあれは、ちょっと別種のものだと思いますがね。あまりに魔力が強大すぎます」
「…勝てると思うか?」
「純粋な魔法での勝負ならチロルに勝ち目はありません。ここは二人で協力して倒すしかないですよ。んふふ、初めての共同作業ですね、ステラお姉さま!」




