190
「この辺にいるんですかね…?」
気絶した見えない相手の体を、ミアが恐る恐る杖で突く。
「腕と足を一本ずつ折ったから簡単には動けないと思うが、気を付けろよ。あまり不用意に近づくと危ない」
「ちょっといたずらしただけなのに二本も折られるなんて、可哀そう。ステラ様に手を出したばかりに」
「姿も見せずに人の脇をくすぐってきたんだぞ。それくらいの報復を受けて当然だ」
チロルとファリナが見ている前で、涙を流して悶絶させられた事は屈辱的だ。むしろあと二本を折らずに残しておいただけ良心的である。
「こいつさあ、なんか気になる事言ってたんだよ。前の勇者が弱かったとか、確かそんなふうなことを…」
「ステラちゃん、それ本当?」
ステラが襲われている間、微塵も助けようとしなかったファリナが食い気味に聞いてきた。
「前の勇者。確かにそう言ったのね?」
「ああ、耳元でそう囁かれたよ。ビビりで弱い男だったとか」
「…勘違いかと思いたいけど、どうやらそうもいかないみたい」
ファリナががっくりと項垂れ、深いため息をつく。
「こいつに心当たりがあるのか?」
「前の勇者ってつまり、私とロメオさんが入ってたパーティーのことよ。ロメオさんから聞いたんでしょ?私たちのリーダーは、とんでもない臆病者の役立たずだったって」
「ロメオが酒を飲みながら愚痴ってたよ。勇者とは名ばかりで、戦闘の時は前線に立たない。とにかく臆病で心配性なもんだから、自分を守ってくれる仲間をスカウトしすぎた結果、パーティーがすごい数になったって」
「ほんとろくでもない男だったわ。あいつが敵倒してるところ、ほとんど見たことないもの」
ロメオと同じく、ファリナも相当鬱憤が堪っているのだろう。かつての魔王との戦いから十年近くが経過しているが、まるで昨日のことのように怒っている。
「私を襲った透明のこいつは、当時の勇者パーティーを知ってるみたいだが」
「知ってるも何も、直接戦った相手だからね」
ファリナが屈みこみ、何もない空間に手をそっと置いた。どうやらそこが相手の頭らしく、ファリナはぽんぽんと優しく頭を叩く。姿が見えないのに、正確に頭の位置が分かるのはなぜだろう。
「ねえステラちゃん。私が魔王軍の相手と駆け落ちしたって話、したじゃない?」
「最初にロメオから聞いた時はそりゃもう笑ったよ。クソみたいな僧侶もいるもんだなって」
その後は改心したのか飽きたのか知らないが、相手とは縁を切り、人間側に戻ってきたとファリナ自身が語っていた。
「駆け落ちした相手と再会するって、どんな気分だと思う?」
「は?なにを言ってるんだ」
ファリナは唇をわなわなと震わせながら、ぽつりと言った。
「この子なの、私の駆け落ち相手。人形遣いのシャルロ」




