181
ファリナの体から剝がれ落ちたばかりの鱗は、両腕でも抱えきれないほどのサイズだ。リュカはそれを踏み砕き、飛び散った欠片の一つを手に取った。
ミアを攫ったチロルははるか上空。安全圏に逃げたことで、チロルはすっかり安堵している様子だ。いくら相手がリュカでも、空までは追ってこれまい。もしステラがドラゴンに変身していたとしても、同じように考えていただろう。
だが一つ見落としていた。確かに追ってくることはなかったが、リュカの攻撃が届かないという保証はないことを。
リュカは鱗の欠片を頭の上に放り投げると剣を振りかぶり、刀身でそれを斬った。いや、斬ったのではない。打ち上げたのだ。
それはまるで、空に向けて放たれた弾丸だった。鱗は目にも止まらぬ速さで打ちあがり、チロルの眼球を直撃した。
チロルの悲鳴、というか咆哮が響き渡る。
泣き叫んだせいでチロルは咥えていたミアを放し、彼女の小さな体は自由落下を始めた。
「…ぁぁぁあああああ!」
先ほどとは逆に、ミアの悲鳴が近づいてきた。
地面に衝突すれば、まず間違いなく命はない。早くも二度目の死を迎えようとするミアを、リュカが飛び上がってキャッチした。
「お怪我はありませんか?」
その瞬間、時が止まったかのようにステラには見えた。抱きかかえられた状態でリュカを見上げるミア。リュカはまるで、捕われのお姫様を救い出した王子様のように輝いている。二人だけの世界が生まれており、近づくことが憚られる雰囲気があった。
そっと地面に降ろされたミアは、リュカの首に手をまわして泣き始めた。
「よしよし、怖かったですね。もう大丈夫ですよ」
ミアが人目を憚らずに泣きじゃくるのなんて初めてみた。よほど怖い思いをしたのだろう。作戦を立案した立場で言えたことではないが、可愛そうにとステラは同情した。
リュカがミアを強く抱きしめ返すと、二人の体が光り始めた。
「出たな、エテルノクス。しかもでっかいぞ」
ファリナの読み通り、これまでのものとは比べ物にならないほどの光の大きさだ。ピンチを救われたことで、ミアがリュカに対して抱く感情が爆発しているのだろう。それに呼応するように、リュカからミアに対しての愛情も加速している。最近はろくに役に立っていなかったが、本来リュカはミアのナイト。その役目を果たしたことで、確かな責任感とともに、守ってやるべき存在としてミアへの慈しみの心も増大している。
これで一気にヘルガの封印解除に近づいた。こそこそとファリナと疑似恋愛を続けていたら、何年かかっていたことか。
「よくやったな、リュカ。さすがやればできる女はちが…」
功労者のリュカを労おうとしたステラだったが、まだ抱き合っている二人を見て、声をかけるのは止めておいた。どうせ今のリュカはミアしか見えていないし、ミアの声しか聞こえていない。
ならば今のうちに、もう二人の功労者、いや二匹というべきか。チロルとファリナを労ってやることにしよう。
もう二人は人間に戻っただろうか。あたりを見回してその姿を探すと、背中を抑えてうずくまるファリナと、片目から血を流しているチロルが転がっていた。
「あの、お二人さん?」
「なんですか、あの化け物は!」
「あんなに強いなら事前に言っといてよ!」
ドラゴンから戻ったチロルとファリナからの猛抗議が始まった。




