175
一番最後に起きてきたチロルは、一晩で変わり果てたステラたちの関係を目の当たりにして気を失った。あまりに滑らかに倒れこんだので支える暇もなく、チロルは後頭部を強かに打ち付けていた。それでも起きないほど、驚きとショックが大きかったのだろう。ステラは悪くないのに、悪い事をした気分になってきた。
「こいつはこのまま寝かせておくとして…。一体どういうことなんですか、ステラ様」
いくらか落ち着きを取り戻したミアに聞かれたが、正直に答えることができないので、はぐらかすしかない。
「どうって聞かれてもなあ…」
「もしやファリナ様の魔法で操られているとか」
「違う、そういうわけじゃないんだよ」
「じゃあ一体どういうわけなんですか」
ミアからしてみれば、魔法で洗脳されているとでも考えなければ辻褄が合わないのだろう。洗脳ではないが、ステラの意思に関係なく疑似恋愛を強要されているので、どちらも似たようなものなのだが。
「私は操られていないし、やましいことは何もないんだ。信じてくれ」
「むぅ…」
まったく納得できないという顔のミア。その隣では、リュカも険しい表情で眉根を寄せている。
「なんだよ、リュカも私を疑ってるのか」
「ステラ様が出会ったばかりの相手にそこまで気を許すなんて、到底信じられないんです。チロルさんに触られた時はあんなに拒んでたのに、ファリナ様の事は簡単に受け入れるんですか?」
「だからさあ、そういうのじゃなくて」
ダメだ。弁明しようにも、ヘルガの件を隠しながらでは無理がある。魔王討伐のためとはいえ、厄介ごとに首を突っ込んでしまったと後悔した。
「お前もいつまで触ってるんだ。もう食べかす付いてないだろ」
すっかり綺麗になったステラの足を、ファリナは撫でまわすように触っていた。この状況を楽しんでいるのはファリナだけだ。性格が良くないのは、ロメオから話を聞いた時点で察しがついていたが、いざ関わってみると本当に難だらけの人格である。
それからというもの、ファリナによる過剰なスキンシップが続いた。
街はずれで商人を襲っていた荒くれ者。彼らとの戦闘になったが、ステラの敵では無かった。武器さえ使わず、拳一つで十人の荒くれ者を制圧した。手ごたえのない相手だ。殴りつけた拳には大した痛みもない。リュカが助太刀に入る隙も与えず、一瞬であたりは気絶した男たちで溢れかえった。
「山賊だかなんだか知らんが、そんな程度じゃ魔物に食われて死ぬのがオチだぞ。人を襲って食っていきたいなら、もっと力つけろ、ばか野郎」
勇者にあるまじき助言を吐き捨てたステラ。傷一つ付いていないステラの手を、ファリナがそっと包み込んだ。
「…なにしてる」
「傷を治してあげるわ」
「いや怪我なんてしてないが」
「よく見てよここ。かすり傷ができてる」
言われなければ気づかない程度の傷が、親指の付け根にできていた。
「こんなの怪我のうちに入んねえよ。こちとら死線をくぐり抜けてきてるんだ」
「ダメ。動かないで」
ファリナが治癒魔法を使い、ステラのかすり傷を塞いだ。疑似恋愛に気を取られて忘れていたが、この女、そういえば僧侶だった。
「ステラちゃんの体はもう自分一人のものじゃないのよ。私たち恋人なんだから」
「違う」
「もっと自分を大事にしてね。もしステラちゃんに何かあったらと思うと、私…」
よくもまあ、ここまで入り込めるものだ。うんざりしているステラとは正反対に、ファリナは演技を続けていた。
それが奏功したのか、二人の間から朧げな光を放つ火の玉が出現した。洞窟内で見たのと同じ。いや、それよりも大きい。
「エテルノクスが発動したってわけか。ほんと基準が曖昧だな。なにが愛の魔法だよ、まったく」
火の玉は空に浮かび、ヘルガが封じられている洞窟のほうへと飛び去って行った。これでまた、少しだけ紅水晶が溶けたのだろう。
「ダメ、こんなんじゃダメ、間に合わない!」
ファリナの態度が急変した。
「な、なに?」
「今の見たでしょ。私がこんだけ好きでもない相手に尽くしてるのに、たったあれっぽっちの魔法しか生まれないなんて!」
「だって私たちの間に愛なんてないし」
「もっと本気になりなさい、ステラちゃん。あなたの努力不足よ」
ファリナがステラの手に指を絡ませてきた。
「またなんかやってますよ、リュカ様」
「どうにも調子が狂いますね。いつものステラ様に戻ってくださいよ」
仲間たちの視線が痛い。だがそれ以上に、ファリナからの圧が強い。
「私に惚れなさい、ステラちゃん」




