173
「断る。お前となんてまっぴらごめんだ。この駆け落ち僧侶め」
「私だって本意じゃない。付き合うならもっと清楚な子のほうが好みだし。前に駆け落ちした魔王の側近だって、やることはえげつないけどお淑やかな雰囲気の子だったもの」
「だったらなおさら付き合うなんて無理じゃないか。お互いに好みでもないのに、なにが愛の魔法だ。生まれねえよ、愛なんて」
ステラが愛をささげた相手はカリンだけ。封印を解くためだけに好きでもない相手と交際するなど、天国から見守っているカリンに合わせる顔がない。ファリナもステラは好みの対象外だというのだから、不毛な試みにしかならないだろう。
「大体なあ、私のことガサツが粗暴だっていうけど、昔はそんなこと無かったんだからな。むしろ男どもに言い寄られる事が多かったくらいだが?」
「まあ、顔は綺麗だもんね。でも無理。キャラ作りが板につきすぎて、素でガサツな感じになっちゃってるもん。昨日からずっと気になってたの。食事の時とか、なんであんな皿汚して食べるの?お酒飲んだあとも、おじさんみたいな声出すし」
カリンの真似をして生きるようになって数年。そろそろステラの元の人格が乗っ取られ始めているようだ。今でも酒を絶って前髪を下ろし、それなりの服を着れば、周りからの目が一気に変わる。しかしそれもいつまでもつか。間もなく二十代を終えるステラは、若さという武器を失いかけていた。
「じゃあこの話は無かったってことで。ヘルガの封印を解きたいなら、誰か別の相手を探して来いよ。ファリナ好みの清楚な女をさ」
「そんな事してる時間がないの。最近魔王軍の動きが活発化してきてるでしょ。こっちも早く対策を講じないと、ちんたらしてる間に攻め込まれちゃう。ヘルガの封印を解くのは最優先事項なのよ」
愛の魔法、エテルノクスとやらを発動させて封印を解かないと、全盛期の力を持ったヘルガを復活させられない。そのためにファリナは、好きでもないステラと疑似的な愛を育もうというのだ。まったくもって失礼な話である。
「仮に私とお前が付き合ったとしてだ。そこに本物の愛はないんだから、その、なんだっけ、エテルなんとかの魔法は発動しないんじゃないのか?」
「愛の定義が何かは、魔法を作った人にしか分からない。でも案外そのへん曖昧でね。例えばほら…」
洞窟の天井に二つの赤い光が灯った。巨大なコウモリのような体に豚にそっくりの顔がついた魔物が、目を光らせながら唸り声を上げる。
「あれは求愛行動よ。しばらく待ってるとメスがやってくるわ」
ファリナの言う通り、数分後にメスの魔物が洞窟へ舞い込んできた。すぐさま唸っているオスのほうへすり寄り、体を重ね合わせた。その絵面はなんともグロテスク。豚と豚が唾液を滴らせながら交尾をしているような光景だった。
「見てらんねえよ」
「いいから見て」
行為が終わったタイミングで、まぐわっていた二匹の魔物から小さな火の玉が生まれた。それは朧げな光を放ちながら、ヘルガが封じられた紅水晶に吸い込まれていった。じゅっ、という肉が焼けるような音がする。
「今のは?」
「エテルノクスよ」
「えっ、あんな汚い交尾で⁉」
「汚いっていうのは人間目線でしょ。今のだって、彼らからすれば愛なのよ。見てごらんなさい、あの二匹の満ち足りた顔。あれを愛と呼ばずしてなんと呼ぶの?」
「性欲を発散させただけなんじゃ」
「エテルノクスが発動したってことは、それはもう愛なの。その証拠にほら、紅水晶の一部が溶けてるでしょ」
火の玉が触れた部分が、わずかに欠けている。
「愛が深ければ深いほど、魔法の効果は大きくなる。だから私たちが愛を育んで、一気に封印を解くしかないのよ」
「い、いやだ…!」
「他に手だてはないんだから諦めて。魔王に対抗するにはこれしかない。というわけだから、今この瞬間から交際スタートよ。よろしくね、ステラちゃん」




