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「あらあら、ずいぶんと老けちゃったわね」
ガサツな割に、実年齢より上に見られることを嫌うステラは、思わず拳を振り上げかけた。しかしファリナの発言はステラに向けられたものではなかった。
「すっかり力を吸い取られちゃって。これじゃすぐには使えないわ」
洞窟の最奥部、ファリナいわく魔王軍に匹敵する力を持つというそれは、紅色の巨大な水晶に封じられていた。老けた、とファリナが言ったのは、その中に閉じ込められた女性に対してである。
「老けたっていうか、婆さんじゃないか」
顔に刻まれた皺は深く、肌からは瑞々しさを一切感じない。触れてみれば、きっと干しぶどうのような感触に違いない。
「まさかとは思うが、これがさっき言ってた魔王軍と戦うための戦力か?」
「そのまさかよ」
「騙そうったってそうはいかんぞ。ババアが魔王と戦えるわけない」
「こらステラちゃん、失礼なこと言わない」
ファリナが杖の先でステラの頭を叩いた。
「この方は人類史上、最も多くの魔物を殺した伝説を持つ女戦士なの。魔法も持たない生身の人間を魔王は普通恐れない。だけど唯一、彼女だけは魔王を脅かす存在。聞いたことない?戦士、ヘルガの話」
ヘルガという名前に聞き覚えはなかった。伝説などたいそうな言い方だが、その実ほとんどは大した事がない。往々にして噂には尾ひれがつくものだ。国が傾くレベルの美女がいると聞きつけてキャバレーに行ったものの、ちょっと普通より可愛い程度でガッカリした経験がステラにはある。
紅水晶に封じられたヘルガという女性も、伝説とは名ばかりの人物ではないだろうか。
「知らんな、ヘルガなんてやつ。大体こいつが本当に魔王を脅かすような強い戦士だったとして、それは過去の話だろ?今はすっかり老けて、よぼよぼじゃないか。てか生きてるのかこれ」
「生きてるわよ。三十年間封印されてるだけ。でもその間に老けちゃったみたいね。子供のころにヘルガが封印された直後の姿を見たんだけど、当時はすごく綺麗だったわ」
ファリナは紅水晶を愛おしそうに撫でた。三十年前で子供だったということは、ステラが思っているよりファリナは年上のようだ。
「そんな強いやつが、なんで封印されてるんだ。魔王にやられたか?」
「違う。封印したのは人間側の魔法使いたちよ。それも、ヘルガ本人が同意の上でね」
魔法を伴う封印という行為にステラは詳しくないが、通常であれば危険な存在から身を守るために行うのではないだろうか。封印される側が同意して、自ら体を差し出すのはおかしな話だ。
「理解できないって顔してるわね。人類がヘルガを封じたのは、再び来るべき魔王軍との戦いに向けて、切り札として取っておくためよ。ヘルガが魔王軍を追い詰めた三十年とちょっと前、あの時の戦いを覚えてる?」
「私生まれてない」
「あっ、そうだった。私やロメオさんが戦ってたのが十年くらい前。そのさらに以前、私たちがまだ子供のころにも、人類と魔王軍の大戦があったのよ。その時に戦士たちを率いて魔王軍を脅かしたのがヘルガ。彼女たちの活躍もあって、魔王軍は一時期撤退を余儀なくされたわ。でもまたいずれやってくる。そう考えた当時の魔法使いたちが、魔王との再戦の日までヘルガを封じておくことにしたのよ。いざ敵が攻めてきた時に、ヘルガみたいな強い人がいないと人類が負けちゃうからね。それで本人も同意して、この紅水晶に封じられたわけ」
「でもこんなに老けてたら使い物にならんだろ。仮に封印を解いたとしても、よぼよぼの婆さんが出てくるだけだぞ」
「封印の解き方には色々種類があるの。とある方法を使えば、最盛期のヘルガを蘇えらせる事ができる。そのためにはステラちゃんが必要なの」
「私が?」
ファリナが突然腰に手をまわしてきた。
「エテルノクス」
「なに?」
「封印を解くのに必要な、愛の魔法の名前よ。それ以外の方法だと、ヘルガの力は戻らない」
魔法の原動力は人それぞれ。ロメオは物欲、チロルは性欲。ミアはおそらくリュカへの愛情と、たまにステラへの慈しみも感じる。そして今、目の前にある紅水晶。ヘルガの封印を解くには、愛の魔法とやらが必要らしい。
「それで?なんで私が必要なんだ」
「ステラちゃんの愛を、私に注いで」
「は?」
「ヘルガを取り戻すにはそれしかない。ステラちゃん、私と付き合いましょう」




