115
戦闘能力が皆無のミアは、啖呵を切るだけ切ってすぐに後ろに下がった。代わりに獣人姿のリュカを前線に押し出し、倒れるステラに駆け寄る。
「立ってくださいステラ様。猫ちゃんが時間を稼いでる間に逃げますよ」
「待って、立てない。足に力が入らなくて…」
「膝ガクガクじゃないですか。よほどさっきのキスが気持ちよかったんでしょうね!はしたないったらないですよ、もう」
ミアの肩を借りてなんとか立ち上がったが、ステラとの身長差が大きいせいで、二人ともバランスを崩して倒れてしまった。
「あー、もー!しっかりしてくださいよ!自分で歩いてもらわないと困ります。私じゃステラ様をおんぶなんてできないんですからね」
「すまない、もう大丈夫だ。一人で立てる」
「よし、逃げますよ。猫ちゃん、撤収です!」
斬撃を器用にかわしながら攻撃の隙を狙っていたリュカに、ミアが号令をかけた。
「ここで仕留めておかないのかにゃあ」
「勝てる相手じゃありませんよ。リュカ様が一騎打ちで呆気なくやられたくらいです。数はこっちのほうが多くても、力じゃその人には及びません」
ミアの言う通り、オルタナが擬態したカリンの力は相当なものだ。ステラとリュカの二人がかりでも互角に戦える気がしない。
だがステラに撤退という選択肢はなかった。
「私は逃げない。ここで倒さないとダメなんだ」
「そんなフラフラの状態で言われても説得力ありませんよ。一体あの人との間に何があったか知りませんけど、今は逃げるのが最善策です。恋人と早めに決着つけたい気持ちは分かりますが…」
「違う。あいつはカリンじゃなかったんだ!」
「カリン様じゃ、ない?」
オルタナがカリンに擬態していること。そして、カリンがすでに殺されていたことを聞かされたミアは、呆然と口を開けていた。
「それじゃあ、私たちと一緒にいたカリン様は、最初からオルタナという魔物が化けた姿だったと。信じがたい話ですが、それだと辻褄があいます。昨日の晩にステラ様が会ったという私は、オルタナが化けていたわけですね」
「そういうことになるな。ミアのふりをして私を唆し、カリンを選ぶように仕向けたんだろう。ミアが怒って愛想を尽かし、私と二人きりになるまで全部、あいつの想定したシナリオだったんだよ」
「くぅ…、してやられたって感じですね」
ミアは心底悔しそうに奥歯を噛み締めた。パーティーの中で頭脳派を気取ってきた分、見事に騙されたことでプライドが傷つけられたようだ。
「あれ、じゃあ私が正しかったじゃないですか。ステラ様は昨晩私に会ったと言ってましたけど、実際には違ったんですから」
「いやそれはおかしいだろ。ミアに擬態したオルタナに会ったのは事実なんだし、当時は何も知らなかった。私の主張だって嘘じゃない」
「世の中にはねえ、正解が二つもある事なんてないんですよ」
「なにそれ、私に謝れって?」
「そうは言ってませんが、そう言いたい気分ではあります」
互いに一歩も引かず、二人は睨み合った。
「喧嘩してないで戦ってほしいんだけどにゃあ」
しばらくオルタナと交戦していたリュカの腕には、斬撃による傷がいくつも出来ていた。
「あいつ、かなり強い。ステラ様の言いたいことは分かるけど、ここは撤退したほうが良さそうだにゃ」
「これ以上キミたちを戦いに巻き込むつもりはない。決着は私一人で付けるよ」
「無茶ですステラ様!リュカ様がこてんぱんにやられたのを見てなかったんですか!?」
あれはあまりにも呆気ない勝負だった。剣技ではステラを凌駕するリュカでさえもあの体たらく。正直勝てる気はしない。
「助けに来てくれただけでも嬉しいよ。誤解だったとはいえ、ミアを傷付けてしまったことは謝る。リュカもすまなかったな。もし私が殺されたら、二人で仲良く旅を続けてくれ。それから…」
二人との最後の会話になるかもしれないのに、ステラの言葉は最後まで言わせてもらえなかった。
「ぐあっ…」
オルタナの剣が、ステラの脇腹を斬りつけた。
「ごちゃごちゃ喋ってんじゃねえよ。なんだステラ、その口調。カリンって女の真似か?この女の記憶を覗いたが、ステラはお淑やかで可愛い子って印象しかないみたいなんだが。そうか、猫被ってたってことだな。これだから人間は、つまらん事をするねえ。…おっと」
だみ声で威嚇しながら飛び掛かったリュカを、片腕で弾き飛ばすオルタナ。
「んみゃっ!」
頭を岩にぶつけ、リュカは脱力した。
あっという間にステラもリュカも戦闘不能になり、残るはミア一人だ。
「ミア、逃げろ!」
「殺されちゃうにゃ!」
ミアの耳に声は届いているだろうか。たとえ届いていたとしても、恐怖で足が竦んで動けないのでは意味がない。
「ひっ…ひぃっ…」
「おい、ちっこいの。散々生意気なこと言ってくれたな。お前だけは楽に死なせないぞ。さて、どうしてやろうかなあ」
ミアはその場にへたり込み、カリンの姿をしたオルタナを見上げる事しかできなかった。




