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「せっかくお前を殺すなら、こっちの姿のほうが盛り上がるかもな」
オルタナを霧が包み、その姿がカリンからリュカへと変化した。
「言い残すことはありませんか?ミア様」
剣でミアの顎を持ち上げるオルタナ。瞳孔の開いた目で、自分の首を斬ろうとするリュカの姿をただ見つめている。
「殺すなら私を…」
恐怖によってミアの魔力が途切れ、リュカの呪いが解除された。しかし先ほどの戦闘によって、リュカの体はボロボロ。まともに動ける状態ではない。
「お前は後で殺してやるよ。まずは愛しのちっこいのが死ぬとこ、しっかり見とけ」
剣が振り上げられても、ミアは目を閉じることも、逸らすこともしなかった。
「せめて本物のリュカ様だったらなあ…」
それが最後の言葉になるはずだった。
洞窟内に突風が吹き荒れた。ここは光もほとんど届かない奥まった場所で、四方を岩肌に囲まれている。外からの風が吹き込む余地はないはずだ。何かに捕まっていないと、体ごと宙に放り出されそうになる。
「くっ、なんだよこれぇ…」
突風はオルタナの手から剣を吹き飛ばした。
「ミア、今のうちにこっちへ!」
「んしょ、んしょ…」
ミアはほふく前進の体制で風の抵抗を極力減らしながら進んでいる。間一髪、斬首を免れた直後なのに頭がよく回ることだ。
「待て、この…うわっ!」
オルタナが完全に宙に浮き、洞窟の壁に叩きつけられた。
「大丈夫ですか、ミア様!首は、首はしっかり付いてますか!?」
リュカがミアの肩を掴んで、ぶんぶんと揺さぶる。
「つ、付いています。付いてますけど、そんな激しくされたら折れちゃいますから」
せっかく助かったのに、脳震盪を起こされては大変だ。ステラはパニック状態のリュカを引き離した。
「しかし不思議なもんだな。洞窟の構造からして、あんな突風が吹くもんなのか。しかも狙ったようなタイミングで」
「私には分かります。これは自然現象じゃありません。魔法ですよ」
魔力を直に感じることのできないステラとリュカは、顔を見合わせた。
「魔法って…、この中で使えるのはミア様だけですが、まさかご自身で?」
「いやいや、私はただの僧侶ですよ。あんな強力なの使えませんって」
「私でもリュカでもない。じゃあ一体誰なんだよ。あんなバカみたいな風吹かせてるのは」
「分かりませんけど、かなり強い魔法使いなのは確かです。私を助けてくれたみたいに見えるのは偶然かもしれませんし、まだ警戒は解けませんよ。あっ、近づいてくる。とりあえず隠れましょう!」
接近する強大な魔力を感じたミアが、岩陰を指さして隠れるように指示してきた。三人で身を潜めるには岩の大きさが足りず、ステラだけ頭が出てしまっている。
「もっとそっと寄れよ、私だけ全然隠れてないじゃん!」
「押さないでくださいよ。ステラ様が丸まればいいでしょ!」
「リュカ、もう少し細くなってくれ」
「そんな、無茶言わないでください」
「しっ、静かに!来ましたよ!」
魔力というものが、魔法を使わないステラには漠然としたものにしか感じられない。しかし洞窟に現れた人物からは、嫌でもそれが人知を超えた力である事を理解させられた。空気がビリビリと振動し、肌が刺すような痛みに襲われる。
その魔法使いのヘラヘラしたにやけ面に、ステラは見覚えがあった。
「お宝の匂いがすると思って来てみれば、なーんすかこれ。また大変なことになってますねえ!」
自称三十代前半、職業は呪いのアイテム収集。眠たそうな目に、だらしなく生えた無精ひげ。そして間延びした声。
「ロメオ…?」
「あれ、ステラさん雰囲気変わりました?前に会ったときよりも女の子っぽくなりましたねえ。なんすか、ついに恋人でも見つけちゃいました?」
「死んだよ」
「あはは、これは失敬」
状況が違えば、間違いなく殴っていたところだ。
「おいおっさん、邪魔すんじゃねえよ。ここは男子禁制だ」
オルタナがカリンの姿に戻っていた。その顔からは先ほどまでの余裕が消え失せており、ロメオへの警戒心が露骨に表れている。




