112
ミアに擬態したオルタナの、見慣れた小さな背中を追って奥へと進む。黙っていると、本人とまるで見分けがつかない。
「えーと、どこだったっけ。確かこのへんに仕舞ったはず…。ちょっと待ってくださいね、ステラ様。この年齢になると、もう忘れっぽくって」
少女のミアに扮しても、根本の部分はオルタナ本体のままらしい。その口ぶりから察するに、ステラの数倍、いや、数十倍も生きているのかもしれない。
「仕舞ったって、なにを。私はカリンに会わせろって言ってるんだ」
「ええ、分かってますよ。だから探してるんでしょうが。あ、ここかな、あれ、違う。うーん…」
洞窟内には、汚れた麻袋が散らばっていた。オルタナはその中身を一つずつ確かめては、これも違う、あれも違うと言って無造作に放り投げている。麻袋の中には何が入っているのか分からないが、地面に落ちた時の音からして、金属のような固いものではない。
べちゃっ、という水っぽい音がした。
「あったあった!これです、これ!お待たせしました、ステラ様。どうぞご対面ください。あなたの愛しい、カリン様ですよ」
オルタナが麻袋の口を開け、無邪気な笑顔で差し出してきた。
「うっ…⁉」
カリンの顔が、こちらを覗いていた。間違いない。これはカリン本人のものだ。だが、そこに本来あるべきものがなかった。
「うそ、なに、これ…。いやだ…」
体がない。袋の中にあったのは、カリンの生首だけだった。
ステラだけに向けられる慈愛に満ちた眼差しは消え、焦点を結ばない目はどこか虚空を見つめている。眼球に張った白い膜は、カリンの生命活動がとっくに停止していることを嫌でも伝えてきた。
「キスでもなんでもどうぞ。それは差し上げます。久々の二人の時間を、とくとお楽しみください」
ステラの手から滑り落ちた麻袋から、カリンの首が転がり出た。
「やだ、やだ、やだ…カリン…」
「感謝してくださいよ?綺麗な状態で再会できるように、魔法で防腐処理と鮮度を保ってあげてたんですから。普通ならとっくに腐ってますって。だってこいつ殺したのは…たしか三年くらい前ですし」
「三年前って、まさかあの時の」
カリンが一人で魔物討伐に出かけた日のことだ。小屋で知らない女性と落ちあい、絡み合っていたカリン。それはステラの勘違いだったと判明したが、カリンに浮気をされたと思い込み、逃げ出したあの日。
「カリンが言ってた。あの時戦ったのが、擬態の能力を持つ魔物だったって。でも、でもカリンは魔物を倒したはず」
「バカですねえ。私は魔王様直属の配下ですよ。ちょっと腕っぷしが強いだけの勇者風情にやられるわけないでしょ」
「じゃ、じゃああの夜、カリンは…」
「ええ、さくっと殺してやるつもりでした。でも結構しぶとくてね。斬っても刺しても殴っても、なかなか死ななかったんです。それで最後、いよいよ命が尽きるって瞬間、あなたの名前を呼んでたんですよ」
誰も助けに来ない小さな小屋の中で、オルタナに嬲り殺されるカリンが脳に浮かんだ。最期に目に映したのが、魔物の姿だなんて。そんな人生の幕引きは残酷すぎる。
「そこで私、ピンときちゃいました。ステラって名前の人間は、いつか事実を知って私に復讐に来る。その時用にプレゼントを用意しておけば、喜んでもらえるんじゃないかって。いやー、なかなか大変でしたよ。いくら私の魔力が強いとはいえ、三年以上も死体の鮮度を保つのは骨が折れました。でもおかげで喜んでもらえたみたいで、苦労した甲斐があったというもの…ぎゃっ!」
ステラの拳がオルタナの顔面に叩き込まれた。鼻の骨が折れる感触が、手に伝わってくる。ミアに暴行を加えているような気分は一切しない。こいつは正真正銘の悪魔だ。
「ほんとに乱暴ですねえ。恋人が知ったら泣きますよ。人間って、首から下なくても泣けるんですかねえ。へへへっ」
脳が沸騰する音が、耳朶に響いた。こいつはここで殺さないといけない。
しかし二発目の拳は、いとも容易く受け止められてしまった。枝のように細いミアの腕が、ステラの攻撃を止めるなど普通に考えればあり得ない。オルタナの能力は、身体能力までオリジナルと同期するわけではないらしい。
「逃げてもいいんですよ、ステラ様。どうせ戦っても死ぬだけですし」
「ふざけるな!お前だけは…絶対に殺す」
「そうですかあ。あっ、いいこと思いついちゃいました!ステラ様を殺して、今度はあなたの仲間二人に近づきましょう。もちろんステラ様に擬態してね。人を騙すのって、何百年たっても飽きないんですよねえ」




