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「いつまで寝てんだ、起きろ!」
頬を張られた衝撃で意識が戻った。なんとも最悪な目覚めだ。
「ん…ここは…」
ステラが連行されてきたのは、薄暗い洞窟の中らしかった。岩に囲まれた空間には、外からの光がほとんど差し込んでいない。だがステラを殴るために拳を振り上げているのが、カリンだということは分かった。
「ひっ!」
咄嗟に両手で顔を覆うと、カリンは舌打ちをしてステラの腹をつま先で蹴った。内臓が潰れるような痛みに膝をついて体を折ると、カリンの足が後頭部を踏みつけてきた。地面に押し付けられた頬に、洞窟のひんやりとした冷たさが伝わってくる。
「はあ、分かんねえなあ。カリンって女は、なんでお前みたいな弱くて情けないのを好きになったんだか」
「だ、誰…」
「あん?」
頭を踏みにじられたまま、ステラは声をふり絞った。
「あなたは一体、誰なの。カリンじゃない。カリンはこんなことしない」
「やっと気づいたのか。正直もっと前の段階でばれると思ってた。なんなら会った瞬間に見抜かれるかと。でもステラ、お前が間抜けで助かったよ。バカみたいに再会を喜んで、まったく疑おうとしなかった。目の前にいるのが、お前の恋人じゃないってことをな」
「質問に答えてない。あなたは誰!」
ステラはカリンの足を払いのけて立ち上がった。
「名前ねえ。あるようなないような…。ま、一応魔王様からはこう呼ばれてる。オルタナ、と」
「魔王…⁉」
カリンの顔がぐにゃりと歪み、黒い霧がその体を包んだ。
「間抜けでしたね、ステラ様。魔物が化けているとも知らずに、恋人の幻とイチャイチャと」
カリンの姿が消え、代わりに現れたのはミアだった。声も仕草も、全てミアそっくりだ。ステラをバカにするときの生意気な口調まで、本人を完全に模倣している。
「私の能力は、いわゆる擬態というやつですよ。人間にも動物にも、なんにだって化けられます。一度触れた相手なら、中身まで完璧にコピーできちゃうんですよ。あー、でも大変でしたよ。カリンって女になりきるのは。いるんですねえ、世の中にはあんなガサツで獣みたいな人」
ミアの姿でカリンを侮辱するな、と怒りかけたが、よく考えればミア本人がすでに言っていたことだった。なんならオルタナが扮するミアのほうが、若干言葉が柔らかくなっている気がする。
「ねえステラ様。恋人に会いたいですか?」
「本物のカリンを返せ!」
「あっ、いつもの口調に戻ってきましたね。ここ数日のステラ様、ほんとおかしかったですもん。好きな人の前だとあんな乙女になるなんて、私知りませんでした」
相手がミアの姿をしていても、所詮はオルタナの擬態だ。ステラは容赦なく相手の胸倉を掴み、洞窟の壁に叩きつけた。
「いったぁ…。乱暴はダメですよ。こんなか弱い私に向かって暴力だなんて、それでも勇者ですか」
「うるさい、お前はミアじゃない。それに本物のミアなら、もっと大げさに痛がって同情を買おうとするはずだ。こっちが謝るまで、ずっと目をウルウルさせてな。お前は所詮ただのコピー。あの子を理解できてない」
「それ本人が聞いたら怒りますよ」
「カリンを返してもらうぞ。化け物め」
「化け物…、ふふ、まさに私のためにあるような言葉ですよねえ」
痛がっていたのはやはり演技だったらしい。オルタナは勢いよく体を起こすと、背中を向けて手をひらひらと振った。
「こっちです、ついてきてください。愛しのカリン様に会わせてあげますよ」




