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「そうそう、ステラに渡したいもんがあるんだよ。いつか会えた時にと思って、ずっと持ち歩いてて良かった」
カリンはベッド脇に投げ出された古い鞄から、エメラルドの首飾りを取り出した。華美な装飾のない落ち着いたデザインだ。カリンはそれをステラの首に付け、満足そうに頷いた。
「うん、やっぱステラには緑が似合う。淑やかさの中にある美しさ。まさにエメラルドにぴったりの女だよ、お前は」
「こんな立派なの、高かったんじゃないの?」
「金には困ってねえって。私は服にも宝石にも興味ないし、こういうのは似合うやつが付けてるのが一番なんだよ。さっき赤とかきつい色が似合うってちっこいのが言ってたけど、あいつの目は節穴か?ステラにはやっぱ緑だよ、緑。赤なんて暴力的だろ」
首元にかかる宝石の重みが愛おしい。じっと見つめていると、エメラルドの中に吸い込まれそうになる。視界が揺れ、辺りが暗くなってゆく。まるで本当に、宝石の中へ溶けていくようで…。
「うっ…」
「ステラ、大丈夫か!」
急に意識が遠のき、ステラはベッドの上に倒れこんだ。まだ頭がクラクラする。
「気分悪いのか?さっきの店で変なもんでも食わされたのかもしれないな。あの店、ぶっ潰してやる」
「平気、たぶん昨日あんまり眠れてないせいだと思う」
眠れなかった原因は、深夜の酒場で期せずしてカリンと会ってしまったからなのだが。本当にあの時にばれなくてよかった。髪はぼさぼさで、服装は寝巻にストールを羽織っただけの雑な恰好。おまけに声をかけてきたカリンに、酔っ払いながら乱暴な口調で応じてしまった。カリンの中にあるステラのイメージとはかけ離れた、だらしない女がそこにいたのだから。
「寝不足は健康の大敵だぞ。元気じゃなきゃ、いざという時に戦えないだろ」
「ごめん。体は大事にしろってカリンに何度も言われたのに」
「いいよ、一休みしろ。倒れたのがベッドの上で良かったな」
横になったステラに、カリンがシーツをかけてくれた。安い宿らしくシーツもペラペラで薄かったが、カリンの匂いが残ったそれはとても心地が良かった。
額にカリンの手が触れた。
「ちょっと熱あるな。今日はもう夜まで安静にしてたほうがいい」
「でも、ミアたちが心配するし…」
「あいつらなら大丈夫だろ。どうせお前がいないのをいいことに、二人でよろしくやってるさ」
否定できないのがもどかしい。旅を始めた頃のように、ステラに付き従っていた二人なら、心配して町中を駆けずり回ったことだろう。しかし日に日に扱いが雑になっており、滅多なことが無い限りはステラの安否は心配されないはずだ。広場で別れる際にミアは保護者のようなことを言っていたが、どうせすぐに忘れる。
「じゃあお言葉に甘えて…、ちょっと寝るね」
「そうだ、病気が治るまじないをかけてやるよ」
「まじない?」
「私の生まれた村では、熱が出たらこうするんだ」
カリンがステラの前髪をかき上げて、自分の額をぴったりと合わせた。
「…ちょ、近い!」
額と額が触れているのだから、顔面はほぼ密着している状態だ。寝ているステラに覆いかぶさるようにして、額をくっつけるカリン。ベッドがまた、耳障りな音を立てて軋んだ。
「恥ずかしいなら目を閉じてろよ。こうやって額をつき合わせると、熱が引いていくんだってさ。私も子供のころ、よくやってもらった。案外効くんだぞ、これ」
「こ、これ、いつまでやるの」
「確かまじないのやり方としては十秒くらいだったけど…。この距離でステラの顔見られる機会もなかなかないからな。もうちょっとだけ、こうさせてもらおっと」
目を閉じようか迷ったが、結局ステラは目を開けたままカリンと見つめ合った。




