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リュカの回復を待つ間、カリンがしきりに頭を撫でてきた。会えなかった時間の埋め合わせをするように、慈しみのこもった眼差しを向けてくる。これが二人きりの時ならすぐにでも抱きつきたかったが、ここは真昼間の広場だ。さりげなくカリンの手を避けようとしても、まったく逃がしてくれない。
「よくもまあ、リュカ様をこんなにしておいてイチャイチャできますね。私、やっぱりこの人嫌いです!」
ミアが堂々とカリンに言い放った。面と向かって嫌いと言われて嬉しい人間はいないだろうが、カリンは鼻で笑っただけだった。
「別にお前に嫌われても構わねえよ、ちっこいの。それよりステラを借りるぞ。久々の再会なんだ。二人きりにしてくれ」
「ステラ様に変なことしたら許しませんからね!普段ならこんな心配しませんけど、今のステラ様はちょっと頼りないんですから」
ミアにそんな心配をされるとは心外だ。よほど今の、粗暴さを取り繕っていないステラは、自分で思うよりもただのか弱い女性に見えるのだろう。
「聞いてます?ほんとにダメですからね。抵抗しない相手を襲うとか、そんなの絶対…」
「お前は私をなんだと思ってるんだ。こちとら恋人同士だぞ。そこで倒れてるやつが起きたら言っとけ。私に喧嘩売るなら、もっと強くなってからにしろってな。さ、行こうぜステラ」
「何かあったらすぐに逃げるんですよ、ステラ様!」
これではいつもと立場が真逆だ。
ミアたちと別れたあと、カリンが泊っている宿屋に連れていかれた。ステラが昨夜見つけた宿より安っぽく、腐食した柱に支えられた建物は、強い風が吹けば崩れそうだ。ミアなら絶対に文句を言う低品質さだが、カリンはそんなもの気にする性格ではない。雨風さえ凌げればなんだっていいのだ。
「すごい宿だね。ミアを連れてきたらどんな反応するか、ちょっと見てみたいかも」
「ミア…、ああ、あのちっこいのか。あいつほんと口だけは達者だよな。ステラの選んだ仲間じゃなきゃ、顔面腫れあがるまでぶん殴ってたかもしれん」
「悪い子じゃないんだよ。生意気なことは言うけど、まあ、可愛いところもあるし」
「可愛いって…、お前ああいうのタイプだっけ」
「ちっ、違う!タイプとかじゃなくて」
「分かってるよ。ステラは私みたいなワイルドな女が好きなんだもんな」
ワイルドなのが好きというより、好きになった相手がワイルドなだけだが、結果は同じだ。だからステラも真似をして生きようと思った。自分を偽るのは大変だったが、三年も経って慣れてみると、もはやそっちが本当の人格のように思えてきた。だがこうしてカリンと再会してみると、すぐに昔の自分に戻ってしまう。
「ま、座れよ。狭いところだけどさ」
一つしかないベッドに腰かけて、カリンが自分の隣をぽんと叩いた。
二人分の体重でベッドが軋む。このおんぼろ宿だと、床が抜けてしまいそうだ。
カリンが顔を近づけて、鼻をひくひく動かした。
「懐かしいステラの匂いだ。ん、でもなんかちょっと変わった?これなんの匂いだ」
もしかして酒の匂いが汗と一緒に沁み出てきているのだろうか。昨晩もしこたま飲んだので、その可能性はある。カリンの前では酒を飲まない女で通しているので、ばれたらまずい。
「さ、さっき食べたお菓子の匂いじゃないかなあ」
「そっか。しかしほんと、ステラはいい匂いがするなあ。嗅いだだけで安心するよ」
ミアには血と汗の臭いがきついと散々言われてきたが、カリンにとっては悪臭ではないらしい。部屋中の空気がなくなりそうなくらいに、カリンはステラの匂いを吸いつくした。




