54_窮地
「マッツ……。」
「下手な動きはするな。
武器を置いてそこに座れ。」
思わず呟いた言葉にマッツ元支部長が反応して指示してきた。
「クロ君、リック君……。」
言われる通り小部屋の中に入ると、部屋の中でエマオさんとザーレンさんも座っていた。
丁度、あと二つ席が空いている。
カチャン
ボクは黙って持っていた短剣を置き、席に着いた。
リックもそれに倣う。
流石にナルちゃんを人質に取られたままでは下手な真似は出来ない。
「『束縛』!」
「「──っ?!」」
マッツ元支部長が魔術を使うと、ボクと隣に座ったリックの手足に、影が纏わり付いて拘束される。
多分、ボクのよく使う『闇纏い』と同じ性質のものだろう。
……これなら、隠れてボクが『闇纏い』を使ってもバレないかも知れない。
今、ボクを拘束している魔術と重ねておけば、エルフであるマッツ元支部長の魔力感知でも誤魔化せるだろうし。
問題は魔術を発動する際に気付かれてしまうだろうという点だ。
マッツ元支部長はエルフだ、同じ部屋内に居てそれに気付かないとは考え難い。
今はまず様子見かな……。
「ナルちゃんを離すっす!
もう人質にする意味は無い筈っすよ!」
リックが気丈に叫ぶ。
どこまでもナルちゃんを心配している様子だ。
「ん?
……ああ、構わない。
だが、思い違いをしているようだな。」
「何っ?!」
マッツ元支部長はそう言って、あっさりとナイフを下ろし、ナルちゃんを開放した。
……でも、ナルちゃんは逃げるでもなく、マッツ元支部長の半歩後方に位置取る。
「……え?」
「ナルは元々、私が差し向けた刺客だ。
場合によってはエマオを始末させるつもりだった。
……その機会は無かったがな。
だがまぁ、こうして人質として使えたのだ、無駄ではなかったな。」
ナルちゃんが刺客?
マッツ元支部長は平然と言っているけど、おかしな点ばかりだ。
そもそも、ナルちゃんはマフィアに捕らえられ、売られそうになっていたはず。
「偶然を装った方が、警戒もされずに近付けるだろう?
マフィアも山賊も私の手駒ではないが、情報を流せば操るのは容易だ。」
「ナルちゃんをマフィアに捕らえさせ、丁度エマオさんが通過するのに合わせて出荷させる。
それを、ボクらの馬車の目の前で山賊に襲わせるようにした、と?」
「そうだ。
……まぁ、シルバーウルフまで寄って来たのは想定外だったがな。」
……そこまで細かく把握しているという事は、帝都から此処まで張り付いて報告をしていた者が居たのだろう。
あるいは内通者が?
ウチの仲間は考慮するまでもなく、違う。
標的とされたエマオさんも違うだろう。
ザーレンさん、レインさんはあまり人となりは分からないので判断がつかない。
「……こんな事をしても、お前の嫌疑が晴れる訳ではない。
無駄な足掻きだぞ、マッツ!」
今度はザーレンさんが叫んだ。
それでもマッツ元支部長は平然とした表情を崩さない。
「それはどうかな?
例えば此処で貴様らを始末して、それを魔王様がされた事にすればどうだ?」
「なっ?!」
「魔王様は気難しい性格だと、お前達以外はそう思っている。
これまで対応していた私を追い出したお前達を不満に思い手に掛けた、と言っても周囲の者は信じるであろうよ。」
ザーレンさんを始末すると言っているなら、ザーレンさんが内通者である線は消えるかな。
「証人は我々だけではない。
レイン君も居るだろう!」
「レイン……、あの軍人か。
軍人一人などどうとでも始末出来る。
口を塞いだ後にあれこれと弁明しておけば、それ以上は口出し出来まい。
なにせ証拠など無いのだからな。」
ああ、レインさんも始末する気なんだ?
じゃあ、内通者候補は居なくなるな。
本当に張り付いて監視してた者が居たって事か。
それはそれで手強そうだ。
……今もこの近くに居るのだろうか?
教会の中に人気が無いということは、他のヒト達はその監視役よって別の部屋に集められているのかも知れない。
「では、魔王様にはどう申し開きするつもりだ?!
あのお方にも真実は伝わっているだろう!」
「魔王か……、あんなお気楽者など、いくらでも煙に巻けるであろうよ。
それでも文句を言って来るようであれば、仕方ない。
まだ生かしておきたかったが、処分も已む無しだ。」
──こいつっ?!
アリアさんまで手に掛ける事も考えてるのか?
「何故ですっ!!」
「ん?」
ここまで黙っていたエマオさんが声を上げる。
「我々が崇める存在まで手に掛けて、一体何を守ろうと言うのです?!
そうまでして、何故、他国へ手を伸ばしたいのですか?!」
「……そうするのが当然の事だからだ。」
エマオさんの必死な訴えに、一瞬の間を置いてマッツ元支部長が答える。
「……え?」
「我が故郷はエルフ種の中でも群を抜く、生え抜きばかりが集まる、言わば現人神の集う里だ。
ならば、下等種共を統べ・導く事こそ、我らが創造主より与えられた命題なのだ。」
「「……。」」
突拍子も無い事を語られ呆然となっているボクらに構わず、マッツ元支部長は真顔で話し続ける。
**********
リプロノは小国だ、どうとでもなる。
策を講じるに値しない。
帝国には、既に使いをある程度配している。
ならば次はコラペかカダーか西方諸国かだが……。
西方もリプロノと同じ様な小国の群れに過ぎん。
各国に使いを送るより、後顧の憂いを無くしてから帝国に取り込めば良い。
そしてカダーだが、あそこは人族中心の国だ、取り入るには時間が掛かる。
その上、リプロノやコラペと比べ国として大きい。
ならば先にコラペに入り込み、帝国と共にジワジワと侵食していくのが最善であろう。
まずはコラペだ。
主要な貴族や要人を害し、その隙に乗じてこちらの手の者を送り込む。
そのための手駒と資金の確保を私が行っていたのさ。
**********
「──とはいえ、帝国南部の愚民共は暴発してカダーへ進行して返り討ちに遭うわ、コラペでの作戦は失敗が続くわで、頭を悩まされる事も多いのだがな。」
最後だけ自嘲するかの様な笑みを浮かべ、マッツ元支部長は話を締め括った。
『ハイ・エルフは選ばれた存在で現人神』
かつて、ボクがカダー王国のホーンテップ領にいた頃、ナズナと分かれる際にツウィルさんが語った言葉だ。
ナズナの様子から、てっきり体裁的なものと思っていたのだけど、ナズナ以外のハイ・エルフ達は本当にそう自認しているのか……。
ホント、はた迷惑な存在だなぁ。
「ふざけるなっ!!
我々や魔王様、そして帝国すら裏切っておいてその言い草か?!
我々ヒトは、貴様らエルフの手駒ではない!
そんな事は許されんぞ、マッツ!」
やっと思考が追い付いたザーレンさんは、激高してマッツ元支部長に食って掛かる。
「はぁ……。
やはり、低俗な猿共には語り聞かせるだけ無駄か。」
そんなザーレンさんを一瞥したマッツ元支部長は、落胆の溜め息を吐いた。
「何をっ──」
「そもそも、立場を弁えているか?
「許さん」だと?
今の貴様が怒り口にしたとて何になる?
『雷球』!」
バチィッ!!
「があっ!!」
「ザーレンッ?!」
マッツ元支部長がおもむろに放った魔術で、ザーレンさんの身体が跳ねる。
そして糸が切れた様に意識を失うと、エマオさんの呼び掛けにも反応しなくなった。
くそっ!
コイツ、偉そうに講釈を垂れる輩にありがちな、煽り耐性の低いタイプか?!
「……流石にしぶといな。
だが、これで静かにはなっただろう。」
……良かった、取り敢えずザーレンさんは早めに手当てをすれば大丈夫そうだ。
その為にも、この状況をどうにかしないといけないのだけど……。
「さて──」
マッツ元支部長は一通り話し終えて満足したのか、こちらを見回している。
いよいよボクらを処分しようと考えているのだろう。
ザーレンさんには悪いが、先程、そちらにマッツ元支部長が気を取られている隙に、ボクは『闇纏い』を発動している。
後はこれでマッツ元支部長の放った『束縛』を切り裂き、代わりに『闇纏い』を纏わせる事で『束縛』をされ続けている様に偽装出来るだろう。
しかし、全ての『束縛』を解くには、もう少し時間が掛かる。
それまで何とかマッツ元支部長の気を逸らさないといけない。
下手な煽りは先程のザーレンさんの様に逆効果になる。
かと言って、あからさまな時間稼ぎをすれば、その意図を看破され疑われ兼ねない。
どうする?
何かマッツ元支部長の興味を引けそうで、煽りにもならなさそうな話題は何かないか──




