52_降臨
僕はエマオ、普段は帝都の魔王教本部で教主をしています。
そして今は、訳あって鉱山町ベルモンドの魔王教支部に来ているのですが……。
な、なんだか、とんでもない場面に立ち会ってしまったようです。
「よっ、と。
やっほー、クロー君。
久しぶり。
ベルモンドに来てくれたって事は、魔王領に来る気になったのかな?」
「あ〜……、今はちょっとそれどころじゃないっていうか……。
込み入った話をしていて……。」
梁から降りてきた翼のある人物は、クロ君に気さくに声を掛け、クロ君もそれに普通の口調で応えています。
……ど、どう考えても、「翼の魔王」様なのですよね、この方が?
魔王教が主神ズハクの使いと崇める現世の現人神のうち、最も身近に存在する一柱、それが「翼の魔王」様です。
父が生まれたばかりの頃にこの地域で暴れ回り、当時は他国であった隣国を滅ぼし、大きな戦争が勃発した最中には、気に入らないからと帝国に敵対して多大な被害をもたらしたと言われる魔王様。
そんな逸話のある存在が、今、目の前にいらっしゃいます。
……意外に小柄なんですね。
何なら僕と同じくらいです、不敬ながらちょっと親近感。
「へぇ……?
それってマッツんも関係ある話なの?
神妙な顔してるけども。」
「マ、マッツん?」
「ん?マッツさんの事だけど、変かい?
よく会うし、親しみを込めてそう呼んでるんだけど。」
意外なのは体格だけではないですね。
こんなに気さくな方だとは思いませんでした。
クロ君と友達の様に会話をしています。
……いえ、薄々クロ君のことも、普通とは違うと思い始めてました。
なので、そんな二人が仲良く話していても、なんか納得できます。
「そうだよね、マッツん?
……ひょっとして嫌だったりした?」
「……い、いえ。
その様なことはございませんが。」
「そう?
良かったぁ。
マッツんってば、いっつもムッツリしてるから表情が分かり難いんだよね。
嫌なら言ってね?」
「はい……。
お気遣い痛み入ります。」
マッツ支部長?
もうコレ言い逃れ出来ませんよ?
むっちゃ気さくな方ではないですか、何が「気難しくて会話さえままならない」ですか?!
「ところでアリアさん、一つお聞きして良いですか?」
「ん?良いよ、何だい?」
ここでクロ君が再び魔王様に質問をしました。
「こちらのマッツ支部長から、毎月奉納金を受け取っていると聞きました。」
「ええっ?
う〜ん、ちょっと恥ずかしいなぁ。
良い歳してお小遣いを貰ってるみたいでさ。
でも、貰えるものなら貰っとくよね、せっかくの好意だし。」
「ちなみにおいくら程貰っているか、聞いて良いですか?」
「えっ?……いや、良いけど、マッツんに聞けば良くない?
それとも、言っちゃいけないコトだったりする、コレ?」
魔王様は困った様にマッツ支部長に視線を向けました。
「御自らお話し下さい。
お願いいたします!」
「んんっ?!
え〜……っと、君はどちら様?」
「失礼いたしました。
お初にお目に掛かります。
僕はこの魔王教の教主をしております、エマオと申します。」
僕は意を決して魔王様に尋ねました。
あるいは魔王様がもっと強面の、オドロオドロしい御方であったなら、僕も口を挟む勇気は出なかったかも知れません。
けれど、クロ君と親しげに話される様子から、話し掛けても許される気がしたのです。
「へぇ……、教主さん?
確か、だらしなくて出不精、人任せな人物と聞いていたけど……、なんか、印象が違うね?」
「……え、出不精?」
そんな自覚は無かったです。
確かにベルモンドには来た事は無かったけど、北の町や問題があった町には行くようにしていたのですけど。
「おい、マッツ!
その様な悪印象となることを魔王様に吹聴していたのか?!」
「……。」
堪らずザーレンがマッツ支部長に詰め寄りました。
それに対して、マッツ支部長は黙ったままです。
「……で、どうでしょう、アリアさん?」
「ん〜……。
な〜んとなく察しは付いてきたけど……。
言っても大丈夫かな?
……ま、良いよね。
月に金貨五枚ずつ貰ってるよ。」
え……?!
「き、金貨五枚?!」
「マッツ支部長、どういう事だ!
魔王様への奉納金として、毎月金貨十八枚を渡していた筈だ。
差額はどうした?!答えよ!!」
ザーレンの詰問に、マッツ支部長は目を伏せたまま、溜め息を吐き出しました。
「……ふぅ。
やれやれ、こんな偶然で裏が取られるとはな。」
「では、やはり……。
何故です?!
父の代から信頼されていた貴方が?!」
幼かった自分に父がマッツ支部長を初めて紹介してくれた日の事を思い出します。
あの日にはもう既にマッツ支部長は我々を裏切っていたと言うのですか?
「ふ……、違うな。」
「え……?」
「私は魔王教の創設時から、君達とは異なる信義に基き行動していた。
それを君達は都合の良い方に信じたし、私もそれを利用させてもらった。
それだけの事だ。」
「そんな……。」
あまりの物言いに、思わず口から落胆の言葉が溢れました。
「……マッツ支部長、お前は我ら魔王教だけでなく帝国をも欺いたのだ。
相応の処分は覚悟してもらおう。
この場には帝国軍人であるレイン殿も居る。
この先しらを切ろうと、この場で全てを認めたと証言をしてくれることだろう。」
「証言?
それは裁きの場で必要になるものだ。
その場に私を引き摺り出す事が出来るとでもお思いか?」
「なっ──」
「『火球』!」
ドォンッ!!
うわっ?!
咄嗟にザーレンが僕の事を庇ってくれました。
クロ君は魔王様を、リック君はレインさんをそれぞれに庇ったようです。
「くっ、逃げられたか……。」
ザーレンが歯ぎしりします。
どうやらマッツ支部長は今の隙に逃げたみたいです、姿がありません。
「怪我は無いですか?アリアさん。」
「あ、ああ、ありがとう。
大丈夫だよ。
……ふふ、ヒトに庇われるなんて、いつぶりだろうね。」
「そんな事を言っている余裕があるなら良かったですよ。
……申し訳ありません、「降りて来て良い」なんて言っておきながら、危険な事に巻き込んでしまいました。」
「ははっ、大丈夫大丈夫。
気にしてないよ。」
クロ君と魔王様は、本当に普通の知り合い同士の様に話しています。
「あ、あのっ!」
「ん?なんだい?
教主の、えっと……、エマオちゃん。」
「はい。
我が魔王教の不手際で、長年、魔王様へお渡しする筈の奉納金について、大幅に少ない額となっておりました。」
「ん〜〜……?
いんや、私は気にしてないよ。
そんな大金を毎月受け取ったって、使い道が無いもの。
そもそも善意でいただいてるのに、額に不満を言うなんて何様だよって話だしさ。」
「は、はぁ……。」
こう表現するのは不敬かも知れませんが、拍子抜けしました。
ずっとマッツ支部長から恐ろしいイメージを伝えられていただけに、普通の庶民と変わらない感覚で話されると違和感が凄いです。
でも、これが「翼の魔王」様の素のお姿なんですよね、受け入れなくては。
「あ〜……、と言っても、君らからするとマッツんが不正を働いていたわけだし、処分は必要なのかな?
そこには口を挟まないよ。
ヒトのルールの中で、適切に処分してくれたら良いからね。」
「ご理解頂きまして、誠にありがとうございます。
ご期待に違わぬよう、全力を尽くします。」
寛大な魔王様のお言葉に、ザーレンが感謝の意を込めて答えました。
「ああ、うん。
まぁ、私なんかに気を遣わずにほどほどにね。
君も魔王教の信徒、つまり私を崇める一人なんだろう?
そんなヒトに私の事で無理なんかして欲しくないからね。」
それに対しても優しいお言葉を返して下さる魔王様。
ニコニコと笑みを絶やさぬその姿は、「魔王」と言うより「女神」と呼ぶのが相応しいと思ってしまったのでした。




