49_シルバーウルフ
オレはザーレン。
魔王教教主エマオ様の付き人をしている。
訳あって今は鉱山町ベルモンドへ向かっている。
向かう馬車内の雰囲気は良い。
初対面の時は「何を言い出すんだ彼は」と思ったが、クロ君は話すとなかなか気の良い少年であった。
少々人見知りの気のあるエマオ様も安心して話せているのも良い。
思えばエマオ様は、春からこれまで気の休まる時が無かったように思える。
ベルモンドに着くまでのこの一時が、束の間休みとなれば幸いだ。
オレは先代様の頃からエマオ様に付き添っている。
そのためエマオ様に対しては、僭越ながら親心の様な感情も抱いている。
エマオ様の笑顔はオレにとっての癒しでもある。
……クロ君のパーティの女性達も見目の良い者ばかりだが、オレからすればエマオ様の方が余程可愛らしいと思っているぞ。
**********
「この先で多数の魔物が馬車を襲っています!
それに怯えて、歩みを止めたものと思われます。」
そんな和気あいあいの空気をガラリと変えたのは、クロ君のパーティの女性フラウノが発した言葉だった。
これまで行動を共にする中で、彼等の感知魔術が確かな事は分かっている。
本当にこの先で襲われている者が居るのだ。
どうする?
見捨てるのは教義に反する。
かと言ってこの馬車ごと突っ込む訳にもいかない。
エマオ様を危険な目に合わせる訳にはいかない。
「リック、ボクと一緒に来て!
他の皆はこの馬車でゆっくり進んで来て。
前方の魔物に気付かれないように注意して!
あと、別働隊が居ないかも監視を続けて!」
「「はいっ!」」
……先程までのポヤポヤした表情が嘘の様に、キリッとした表情でクロ君が指示を出した。
ん?まさか、二人で加勢に行く気か?!
「待て、オレも付いて行く!」
彼等にばかり危険を背負わす訳にはいかない。
エマオ様の行く先の露払いをするのもオレの役目だ。
エマオ様はここに居れば安全だろうしな。
「えっ……、分かりました。
けど、前の馬車の方達を助ける事が優先です。
ザーレンさんに歩調を合わせず先に行くので、そのつもりで。」
「えっ?!」
あまりの物言いに面食らってしまった。
いくら足に自信があるのか知らないが、体格的にはさほと差がつくとは思えないのだが?
「さっ、行くよ、リック!」
「はいっす!」
バッ!!
彼らはオレの疑問など無視して馬車を降りて駆け出す。
慌ててオレもその後を追った。
**********
早い!
彼等のアレは何だ、跳ねる様に移動しているぞ?!
おまけに樹木も足場にして跳ねる事で、状態の悪い街道部分を飛び越えて行ってる。
それに比べてオレはひたすら地面を走っているので、彼等との差は広がるばかりだ。
今にも彼等が視界から消えそうになる頃、前の馬車が見つかった。
そこでは数十匹の狼が馬車を取り囲んでいた。
「『火球』!」
「『火球』!」
ボシュッ!ドカンッ!!
彼等の放った魔術が、狼の一団の最も密集した位置に炸裂した。
そしてそこから取り囲む狼の内側に入り、馬車を背に狼達と向き合った。
オレも遅れながらも、どうにか狼の包囲網のほつれから滑り込んだ。
「助太刀します!
馬の居る側は任せて、負傷者を下げて下さい!
まだ戦える者は馬車の背後に回って下さい!」
「ありがてぇ!
恩に着るぞ!
おめぇら、言う通りにしろ!」
……ん?
緊急時なのは分かるが、少し口調が荒い奴らだな。
いや、気にするな。
今は魔物の方に集中だ。
こいつらは──
「こいつらはシルバーウルフだ!」
「えっ?!
全身黒ですけど?」
クロー君がシルバーウルフをあしらいながら反応する。
声に反応する余裕はあるのか、頼もしい。
「こいつらの後頭部から胴体にかけて白い縞が入っているだろう?
こいつらはリーダーへの忠誠心が高く、数匹を狩られたくらいでは怯んだりしない、厄介な奴らだ。
司令を出すリーダーは全身真っ白で、そいつを倒すか、群れを半壊させない限り延々と襲って来る!」
説明をしながら飛び込んでくる個体を捌くのは、意外に骨が折れる。
こちらの剣で傷を負わせる事は出来るが、致命傷を与えるまでは至らない事も多い。
かと言って肝心のリーダーの姿は見えないし、魔術を使おうにもそんな隙は与えてもらえなさそうだ。
……これは長期戦になるだろうか。
「──なるほど。
リックごめん、なんとか一瞬だけ持ち堪えて!」
「了解っす!」
──っ?!何をするつもりだ?
クロ君は馬車の幌の上に飛び乗った。
大した跳躍だが、先程の移動を見ていれば驚くことではない。
……どうやら、感知系の魔術を使っているようだ。
もしや、リーダーを探そうとしているのか?
しかし、仮に見つけたとして、どうやって攻撃を当てるつもりだ?
狼達を統制しているのはリーダーだ、攻撃しようと突っ込めば総力を挙げて防ごうとしてくるだろう。
「……見付けた。」
クロ君が呟くのが聞こえる。
くっ、問い質そうにも狼達の攻撃をいなすのに手一杯で、それどころじゃない。
バサッ!
なんだ?!
クロ君は突然マントを被った。
怖くて守りに入ったとか、そんな単純な事ではなさそうだが、意図が分からない。
バシュッ!バシュッ!バシュッ!……
──っ?!
なんだ?!
クロ君が何やら連射したようだが、これは魔術か?
自分の事に必死で彼の様子をつぶさに観察は出来ないが、目の端で光の線が数度走った事は分かった。
グル……
……ん?!
おかしい、狼達はまだかなりの数居る筈だが、怯んだ様子を見せている。
兵隊がまだ居る以上、リーダーが退却を選択でもしなければ、こんな様子にはならない筈だ。
……ひょっとして!
ザッ!
「リーダーは狩れました。
残りは配下だけです。
直ぐに次のリーダーが現れる事は無いと思って大丈夫ですかね?」
幌から降りて来たクロ君がそんな事を語った。
リーダーを狩った?!
姿さえ見せないものを遠距離から狙って攻撃したと言うのか?こんな短時間で?
それが可能としてもこの距離だ、単発の魔術なら避けられてしまうだろう。
だからこそ連射が出来る魔術を使ったのか?
……いや、連射が利いて殺傷力もある魔術ってなんだよ!
「……そんな事例は聞いたことが無い。
そもそもリーダーだけ狩る事自体が難しいしな。」
「分かりました。
じゃあ万が一、次のリーダーが現れるとも限らないので、指揮の取れていない今のうちに叩くだけ叩いて追い払いましょう!」
「うっす!」
「お、おう……。」
クロ君達の手際の良さにちょっと引きつつも、彼の言う通りにオレはシルバーウルフを狩り続けた。
**********
その後、士気の下がったシルバーウルフどもを狩り続けたら、奴らはあっさりと退散して行った。
完全に勝ち目が無いと諦めたものだろう。
「ふうっ、なんとか一段落したな。」
「……いいえ、まだです。」
ん……?
どういう事だ?
クロ君はまだ厳しい目つきのままだ。
シルバーウルフが体勢を立て直してまた襲って来るとでも言うのか?
それとも、別の魔物か?
「リック、今のうちに『闇纏い』を使って。
体に展開はしなくて良いから。」
「りょ、了解っす。」
クロ君はリック君に戦闘継続を告げている。
何なら先程までよりも警戒しているくらいだ。
「どうしたんだ?
何か脅威が迫っているなら教えてくれ。」
「いえ、脅威は迫って来てはいません。
始めから、この場にあったみたいです。」
「んん……?」
クロ君の言っている意味が分からない。
「……さっき、『空間把握』をした際に分かったのですが、この馬車の中に子供が多数居るんです。」
「……は?」
それは……、まぁ、そんな事もあるのではないか?
そこで、オレが問い返す前に、この馬車のを守っていた男が話し掛けてきた。
「よおっ!助かったぜ、ありがとうな。」
その手には先程までシルバーウルフと戦っていた際に使っていた得物を握ったままだ。
「それは良かった……。
ところで聞きたいのですが。」
男に応じたクロ君の声は、淡々とした口調だ。
「んっ?なんだ?」
「……中に居る子供達は何故縛られているのです?
そもそも、大の大人が男ばっかり九人と、縛られた子供が六人。
どういう関係か説明出来ますか?」
「──っ?!
はっ?!
え゛っ……、い、いやその……。」
──なっ?!
おいおい、それが本当なら、どう考えたって……。
「『眠り』!!」
え……っ?!
クロ君は唐突に魔術を放った。
「あぅ……。」
バタッ!
バタタッ!!
目の前の男と、その後ろで様子を伺っていた男二名が揃って倒れた。
「眠ってもらいました。
今の反応を見るに、やましい事をしていたって事で確定でしょう。
男共は全員ふん縛っちゃいましょう。」
「了解っす!」
「お、おう。」
な、なんだ?
速攻で事態が進んで行って理解が追い付かない。
ただまぁ、クロ君達の判断に間違いは無いように思える。
この場は彼等に任せておくか。
「リック、皆に合図を送っておいて。
あ、ザーレンさん、縛るのを手伝って下さい。」
「うっす!」
「ああ、承知した。」
とりあえず、エマオ様が来る前にこいつ等を拘束しておくとしよう。




