第八話 五日間の特訓
二段階認証がなかなかできず、遅くなりました。
第八話です。
翌朝。
ぼくは冒険者組合へ向かった。
まだ森のことを思い出すと胸が苦しくなった。
けれど、昨日までのように足が止まることはなかった。
食堂へ向かうと、ハーモとニーが朝食を取っていた。
ぼくは二人の前で深く頭を下げた。
「お願いします! ぼくに、冒険者として生き残るための知識と実力を教えてください!」
ニーが、少し驚いた顔をした。
「本当にいいの? 楽な道じゃないよ」
「分かっています」
ぼくは二人を見た。
「怖いです。今だって、魔物のことを考えると身体が震えます。でも、知らないままなのは、もっと怖いです。だから、教えてほしいんです」
ハーモとニーは顔を見合わせた。
やがて、ハーモが立ち上がった。
「分かった。じゃあ、まずは五日間だ」
「五日間?」
「五日間、私たちが君を鍛える。それで何もかもできるようになるわけじゃない。でも、今の君が何を知らないのか、何を身につける必要があるのか。それくらいは分かるはずだ」
「はい!」
「ただし、甘やかすつもりはないよ」
「望むところです!」
ニーが小さく笑った。
特訓の初日。
ぼくは、森の外にある広場へ連れていかれた。
「まずは走って」
「……え?」
「街の外を一周。戻ってきたら、もう一周」
ニーが平然と言った。
「待ってください! 魔法の練習とか、剣の使い方とかは……」
「体力がなければ逃げられない。走れないなら、戦う以前の問題だよ」
ぼくは口を閉じた。
そして走った。
一周目で息が切れた。
二周目では足が重くなった。
三周目の途中で、とうとう地面に座り込んでしまった。
「も、もう無理……」
「じゃあ、歩こうか」
ニーは言った。
「休んだら、また走るよ」
「ええっ!?」
「逃げるとき、魔物が休ませてくれると思う?」
ぼくは何も言えなかった。
初日は、走ることだけで終わった。
二日目は、魔物についての知識を叩き込まれた。
トゲウサギの習性。
レッサーウルフが群れで狩る理由。
足跡や糞、折れた枝から魔物の存在を察知する方法。
森で音が途絶えたときに何を考えるべきか。
「魔物を見つけてから考えるんじゃ遅いんだよ。見つける前から、いるかもしれないと考えるんだ」
ハーモは地面に描いた足跡の図を指した。
「戦いは、武器を振るう前から始まっているんだ」
三日目は、回復魔法の訓練だった。
「ヒール!」
ぼくの手から淡い光が生まれた。
小さな傷を塞ぐ。
それ自体は、今まで何度も練習してきたことだった。
しかし、ハーモは首を振った。
「魔力を使いすぎ。もっと少ない魔力で、必要な効果を出すんだ」
「でも、これ以上弱くすると、傷が治りません」
「なら、何を優先して治すべきか考えな。傷の大きさ、出血、相手の状態。全部同じように治そうとする必要はない」
ぼくは何度も失敗した。
魔力を使いすぎて、立ちくらみを起こした。
焦って魔法を使い、集中が乱れて発動に失敗した。
「回復役だからって、何でも治せるわけじゃない。治せるものと治せないものを知ることも、大切な仕事だよ」
その言葉を、ぼくは胸に刻んだ。
四日目は、戦闘訓練だった。
ニーが木剣を構える。
「来な」
「はい!」
ぼくは勢いよく踏み込んだ。
次の瞬間、足を払われた。
「わっ!」
地面に転がる。
「もう一度」
立ち上がる。
また転がる。
「もう一度」
立ち上がる。
何度やっても、ニーには一撃も当たらなかった。
「ニーさん、強すぎませんか!?」
「私は銀級上級だからね」
「それはそうですけど!」
「それと、君は攻撃することばかり考えすぎ。回復役なら、敵を倒すことだけが仕事じゃない。距離を取ること、仲間の位置を把握すること、危険を知らせること。できることはたくさんある」
ニーは木剣を下ろした。
「自分の役割を理解しな。誰かの真似をする必要はないんだよ」
その言葉は、ぼくの心に強く残った。
そして五日目。
ハーモとニーは、ぼくを森の入口まで連れていった。
木々の間から、薄暗い森が見える。
ぼくの足が、ぴたりと止まった。
心臓が速くなる。
息が浅くなる。
昨日までの訓練とは違う。
ここには、本当に魔物がいる。
あのときの光景が、頭の中によみがえった。
「……怖いです」
ぼくは正直に言った。
ニーはうなずいた。
「そうだね」
「また、みんなみたいになったら……」
声が震えた。
ハーモは、ぼくの横に立った。
「怖いなら、周囲を確認しな。足元を見て、風の向きを感じて、逃げ道を確かめる。恐怖をなくそうとしなくていい。恐怖に何をさせるかを考えるんだ」
ぼくは深呼吸をした。
周囲を見た。
足元。
木々の間。
背後の道。
魔物が現れたら、どこへ逃げるのか。
何を確認しておくべきなのか。
震えは、すぐには消えなかった。
それでも、ぼくは一歩、森へ踏み出した。
もう一歩。
さらに一歩。
森の入口で、ぼくは立ち止まった。
「……ここまでで、いいですか?」
「今日は、ここまででいいよ」
ハーモが答えた。
「無理をして奥へ進むことが訓練じゃない。自分の状態を知って、できることとできないことを見極める。それも大切なことだからね」
ぼくは深く息を吐いた。
たった数歩。
けれど、昨日までのぼくには踏み出せなかった数歩だった。




