第五話 P15とP30
補足。P15などは、冒険者組合が測定した魔物の個の強さの指針になります。冒険者組合での数値は平均値なので個体差で多少前後します。又、集団になると危険度は跳ね上がります。
森に入ると、空気が変わった。
街の喧騒は遠くなり、鳥の鳴き声や木々のざわめきが耳に届く。
地面には落ち葉が積もり、ところどころに動物や魔物の足跡が残っていた。
「おい、あそこ!」
カラが指を差した。
茂みの向こうに、灰色の小さな魔物がいた。
頭から背中にかけて、鋭いトゲが並んでいる。
トゲウサギだ。
「よし、俺がやる!」
ヤタが剣を抜いた。
トゲウサギはヤタに気づくと、身体を低くした。
次の瞬間、全身のトゲを相手に向けるようにして突進してきた。
「うわっ!」
ヤタは横に飛び退き、剣を振り下ろした。
トゲウサギは地面に転がり、動かなくなった。
「よっしゃ!」
「なんだ、簡単じゃないか!」
カラが笑った。
二匹目はカラが倒した。
三匹目と四匹目は、スーの風魔法で動きを鈍らせ、ヤタとカラが仕留めた。
ぼくは少し離れた場所から周囲を警戒していた。
四匹。
あと一匹で依頼達成だ。
「これなら楽勝だな!」
ヤタが剣を肩に担いだ。
「もう少し奥に行けば、もっといるんじゃないか?」
カラが森の奥を指差した。
「やめたほうがいいよ。依頼は五匹だし、達成したら戻ろう」
ぼくは、できるだけ穏やかに言った。
「えー、もうちょっとくらい大丈夫だろ?」
「そうそう。俺たち、四匹も倒したんだぜ?」
「でも、森の奥は危険かもしれないし……」
「サイカは心配性だなあ」
スーが笑った。
「何かあっても、サイカが回復してくれるんでしょ?」
その言葉に、ぼくは少し困った。
回復魔法は使える。
でも、どんな怪我でも治せるわけではない。
魔力にも限りがある。
そして、傷を治すことと、命を救うことは同じではない。
そう説明しようとしたけれど、三人はすでに歩き始めていた。
「待ってよ!」
ぼくは慌てて後を追った。
もう少しだけ。
あと一匹だけ倒したら帰ろう。
そう自分に言い聞かせながら。
森の奥に進んでしばらくすると、ヤタが足を止めた。
「……なんだ?」
風が止まった。
鳥の鳴き声も聞こえない。
代わりに、茂みの向こうから低い唸り声が響いた。
一匹ではない。
二匹でもない。
「グルルル……」
茂みの奥から、灰色の影が現れた。
一匹。
二匹。
三匹。
四匹。
そして、五匹目。
レッサーウルフ。
大型犬ほどの大きさをした狼型の魔物だ。
潜在能力はP30。
トゲウサギの倍の数値を持ち、五匹前後の群れで狩りをする。
ぼくたちが狩っていたトゲウサギの匂いに引き寄せられたのだろう。
「な、なんだよ、あれ……」
カラの声が震えた。
ヤタは剣を構えたが、その腕は小刻みに震えていた。
「逃げよう!」
ぼくは叫んだ。
「トゲウサギとは違う! 勝てないよ!」
「でも、逃げたら追いかけてくるだろ!」
「戦っても無理だよ!」
そのとき、一匹のレッサーウルフが飛びかかってきた。
「うわああっ!」
ヤタが剣を振る。
しかし、狼は身をひねってかわし、ヤタの腕に噛みついた。
「ぐあっ!」
血が飛び散った。
「ヤタ!」
ぼくは反射的に手を伸ばした。
「ヒール!」
淡い光がヤタの腕を包み、傷口を塞いでいく。
しかし、その隙を狙って別の狼が飛びかかった。
「カラ、危ない!」
ぼくが叫ぶより早く、カラの身体が宙に浮いた。
レッサーウルフが、彼の喉元に食らいついていた。
「がっ……!」
カラは槍を落とした。
地面に倒れた彼は、もう立ち上がらなかった。
「いやあああっ!」
スーが悲鳴を上げた。
「逃げろ! 逃げるんだ!」
ヤタが叫び、ぼくの腕をつかんだ。
ぼくたちは走った。
木の根につまずき、枝に頬を切られながら、それでも走った。
後ろから獣の足音が迫ってくる。
「はあっ、はあっ……!」
息が苦しい。
足がもつれる。
それでも止まれない。
「サイカ、こっち!」
スーが叫んだ。
しかし、彼女の足元に狼が飛び込んだ。
「きゃっ!」
スーは転んだ。
振り返った彼女の顔は、恐怖に引きつっていた。
「助けて! ヤタ、サイカ!」
ヤタが足を止めた。
ぼくも振り返った。
けれど、そこにはすでに二匹の狼がいた。
「スー!」
ヤタが駆け出そうとした瞬間、別の狼が横から襲いかかった。
ヤタの身体が地面に倒れる。
剣が手から離れた。
「いやだ……」
ぼくは立ち尽くした。
三人が、目の前で倒れていく。
助けなきゃ。
回復魔法を使えば。
そう思ったのに、足が動かなかった。
頭の中が真っ白になっていた。
「グルル……」
一匹の狼が、ぼくに向かって歩いてきた。
牙が見える。
口元には血がついている。
ぼくは後ずさった。
逃げなきゃ。
でも、どこへ?
森の出口は遠い。
ぼく一人で逃げ切れるの?
「いや……」
声が漏れた。
「来ないで……」
狼が地面を蹴った。
ぼくは目を閉じた。
その瞬間だった。
「ファイヤーボール!」
鋭い声が響いた。
轟音とともに炎の塊が飛来し、狼の横で爆ぜた。
熱風が頬を打つ。
レッサーウルフが悲鳴を上げて飛び退いた。
「まだ生きてるね! ニー、右!」
「分かってる!」
別の声が聞こえた。
剣を抜く金属音。
風を切る音。
そして、狼の唸り声。
ぼくは恐る恐る目を開けた。
そこには、二人の女性が立っていた。
一人は杖を構えた魔法使い。
もう一人は剣を手にした剣士だった。
二人とも、ぼくよりずっと落ち着いていた。
そして、何よりも強そうだった。
「下がってな。ここは私たちがやる」
魔法使いの女性が、ぼくを振り返って言った。
その声を聞いた瞬間、ぼくの膝から力が抜けた。




