第二十八話「あなたが決めることではありません」
「二度と一つにしないためです」
宰相はそう言った。
「ディフォン公爵家には広大な領地と軍事力がある。ガーダリン侯爵家には財力と、王都を中心とした強い人脈がある」
その二家が婚姻で結ばれれば、王国内でも突出した力を持つ。
「現在のお二人や、その父君を疑っているわけではありません」
「ならば、何を恐れたのです?」
マリアナが尋ねると、宰相は迷わず「未来です」と答えた。
「お二人の子も、孫も、その先も、王家へ忠実であり続けると誰が保証できます?」
その言葉に、ラドルフの表情が険しくなる。
「そんな先のために?」
「国を預かる者は、先を考えなければなりません」
マリアナは宰相を見据えた。
「だから、私たちの婚約がなくなったことを利用したのですね」
「ええ」
「両家の間に隙間ができたから」
「その通りです」
婚約がなくなっても、両家の関係は変わらなかった。ラドルフはマリアナを追って旅へ出たため、このままなら再び二家が結ばれる可能性もある。だから宰相は、互いを疑う理由を作ったのだ。
「今日、二十人以上の方が怪我をしました」
「承知しております」
「重傷の方もいらっしゃいます」
「ええ」
「それでも、王国のためだったと?」
「そうです」
宰相は一切の迷いなく言い切った。
「将来、王家を脅かすほどの勢力が生まれる可能性を取り除けるのであれば、二十人の負傷は大きな代償ではありません」
マリアナはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開く。
「ですが、そのために傷ついたのは、まだ起きてもいない未来ではなく、今を生きている人たちですわ」
宰相がマリアナを見る。
「あなたが恐れているものは、まだ起きてもいない未来です」
「国は、起こり得る危険にも備えなければならない」
「備えることと、未来を決めてしまうことは違いますわ」
マリアナの声は静かだった。
「私は、ずっと自分の将来を決められて育ちました」
誰と結婚するのか、どのように生きるのか、それが当然だと思っていた。
「でも、結婚を目前にして初めて気づきました。このままでは、見たい景色を何一つ見ないまま、一生を終えるかもしれないと」
だからこそ、自分の目で見たいものを見るために旅へ出たのだ。
「あなたがお考えになった未来が、本当に起こることもあるのかもしれません」
マリアナは一歩も引かず、宰相をまっすぐに見据える。
「それでも――私たちの未来を、あなたが勝手に決めることではありませんわ」
宰相は何も答えなかった。
*
その日のうちに宰相は職を解かれ、詳しい調査が終わるまで王宮内で身柄を拘束されることになった。連れていかれる直前、宰相はマリアナの前で足を止めた。
「一つだけ、お聞きしても?」
「何でしょう?」
「あなたは、これからどうなさるおつもりです?」
マリアナは少しだけ考え、答える。
「旅の続きをいたしますわ」
「……そうですか」
「まだ見ていないものが、たくさんございますもの」
宰相は彼女を見る。
「私が何をしようと、変わらないのですな」
「変わることはあると思いますわ」
マリアナはまっすぐに答えた。
「ですが、それを決めるのは私です」
宰相は僅かに目を伏せ、そのまま兵とともに部屋を出ていった。重い扉が閉じる。
「終わったのかな」
ラドルフが隣へやって来た。
「調べることはまだ残っておりますけれど」
マリアナは少し笑う。
「私たちが王都にいなければならない理由は、そろそろなくなりそうですわね」
「それって」
「旅の続きです」
答えは早かった。止まっていた旅が、ようやく再び動き出そうとしていた。




