第二十七話「王国のため」
王都へ詳しい報告が届いたのは、その日の夜だった。
「戦闘は停止。双方合わせて二十名以上が負傷しております。数名は重傷ですが、今のところ死者は確認されておりません」
マリアナは小さく息を吐いた。死者が出なかったとはいえ、それでよかったとは思えない。
「嘘だったはずですのに」
マリアナが呟く。
「両家が争っているなんて、最初は全部嘘だったのに」
今は、本当に血を流した者がいる。宰相が伝令へ尋ねた。
「両軍が受け取った命令は?」
「こちらです」
二通の書状が机へ置かれる。メティルディン側にはナラブリットが撤退命令を破ったとあり、ナラブリット側にはその逆が書かれていた。
「どちらも王都からの緊急命令として届いたそうです」
宰相が書式と印、それに署名を確かめる。
「正式なものだと信じたのも無理はありませんな」
マリアナは二通の書状を見つめ、ふと眉を寄せた。
「ですが……今日から、緊急通達はすべて宰相閣下が確認なさっているのでは?」
「ええ」
「では、誰かが書式や印、それに署名まで偽ったのでしょうか」
「その可能性はあります」
宰相は静かに答えた。
「私の確認を通さず、正式な命令に見せかけて送り出した者がいるのかもしれません」
「……そう、ですわね」
マリアナは頷いた。
理屈は通っている。
それなのに、なぜか胸の奥に小さな違和感が残った。
そのとき、別の伝令が駆け込んできた。
「追加の急報です!」
「何があった?」
「偽の命令を運んだ使者の一人を確保しました」
部屋の空気が変わった。
「誰に命じられた?」
ガーダリン侯爵が尋ねるが、伝令は一瞬、言葉を詰まらせた。
「……宰相閣下です」
誰も動かなかった。
「使者は、宰相閣下から直接書状を渡されたと証言しております。届けたあとも現地に残り、両軍がどう動くか確認するよう命じられていたと」
マリアナは宰相を見る。
「本当ですの?」
しばらく沈黙が続いた。やがて宰相が口を開き、役人たちを外へ出すと、重い扉が閉じた。
「否定なさらないのですか?」
「そこまで明らかになっているのであれば、今さら否定しても意味はありますまい」
宰相は静かに答えた。
「二通を送らせたのは、私です」
「なぜですの?」
宰相はマリアナとラドルフを見る。
「王国のためです」
「王国?」
「ディフォン公爵家とガーダリン侯爵家を――」
僅かに間を置く。
「二度と一つにしないためです」




